アフリカ南部に暮らす「チャクマヒヒ」は、数十頭の群れが一列に隊列をなして歩く不思議な集団行動をすることで知られています。
その目的はこれまで、捕食者から仲間を守るためであるとか、群れのリーダーが先頭に立って導くためであると予想されてきました。
しかし今回、英スウォンジー大学(Swansea University)の最新研究で、チャクマヒヒが隊列をなすのは、安全行動でもリーダーシップでもなく、「友情」のためであることが明らかになったのです。
研究の詳細は2025年3月12日付で科学雑誌『Behavioral Ecology』に掲載されています。
目次
- なぜ一列になって歩くのか?
- 列の順番は「友情」から自然に形成されていた
なぜ一列になって歩くのか?

社会性の高い霊長類である「チャクマヒヒ(学名:Papio ursinus)」は、移動時に「プログレッション(progression)」と呼ばれる一列の隊列を組むことで知られています。
この不思議な行動は、実に1960年代から研究者の注目を集めてきました。
これまで有力とされていた説は大きく分けて3つあります。
・リスク仮説:強い個体が列の前後に立ち、弱い個体が真ん中に入ることで捕食リスクを減らす。
・競争仮説:下位の個体が先頭を確保し、餌をいち早く得ようとする。
・意思決定仮説:群れのリーダーが先頭に立ち、全体の進行を導く。
たしかに、どれも合理的な説明です。
しかし、いずれも決定的な証拠に欠けており、ヒヒたちがなぜ一貫した順序で行列を組むのかは謎のままでした。
そこで注目されたのが、南アフリカ・ケープ半島に生息するチャクマヒヒの群れを対象に行われた最新のフィールド研究です。
研究チームは個体にGPS装置を装着し、秒単位で位置情報を記録。
計78回の行進を解析することで、驚きの事実が明らかになりました。
列の順番は「友情」から自然に形成されていた
研究者たちは、先述の3つの仮説に加えて、新たに「社会的スパンドレル仮説」という視点を導入しました。
これは「一列に並ぶ順番は進化的に選択された戦略ではなく、個体間の社会的なつながり(親しさ)の副産物にすぎない」という仮説です。
分析の結果、ヒヒの移動順序はランダムではなく非常に一貫性があり、なおかつ「誰と仲が良いか」によって決まっていることが判明しました。
具体的には、社会的に結びつきの強いヒヒ同士が常に近くを歩いており、その結果として自然に一定の順番ができていたのです。
また、群れの中で社会的地位が高い個体(とくにメス)ほど中央に位置する傾向があり、逆に地位の低い個体は先頭や最後尾にまわる傾向がありました。

さらに興味深いのは、これらの順番が「餌のある場所へ向かう昼間」でも「寝場所へ戻る夕方」でも変わらなかった点です。
もし餌や危険回避が目的であれば、時間帯によって配置が変わるはずですが、実際にはそうではありませんでした。
つまりヒヒたちは、ただ「仲の良い相手と一緒に歩きたい」という気持ちに従っているだけだったのです。
スウォンジー大学のアンドリュー・キング准教授はこう語っています。
「ヒヒたちの一貫した順序は、草食動物のように捕食を避けるために群れの中央に位置取る行動や、シマウマのように餌や水にアクセスしやすくするための戦略ではありませんでした。
むしろ、それは“誰と仲が良いか”によって決まっていたのです。
彼らは単に仲の良い相手と一緒に移動しており、それが結果として一定の順序を生み出していました」
この研究は「動物の行動=生存のための戦略」と考えがちな私たちの常識を揺さぶるものです。
ヒヒたちは捕食者から身を守るためでもなく、餌を奪うためでもなく――ただ、仲の良い相手と寄り添って歩くという、ある意味でとても人間らしい理由で列をなしていたのです。
行動には必ずしも“機能”や“目的”があるとは限りません。
ときにそれは進化や戦略を超えた、もっと柔らかくて温かな理由によって生まれるのかもしれません。
参考文献
Baboons walk in line for friendship, not survival, new study finds
https://www.eurekalert.org/news-releases/1086080
元論文
Baboon travel progressions as a ‘social spandrel’ in collective animal behaviour
https://doi.org/10.1093/beheco/araf022
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部