米ニュージャージー州の都市交差点で、誰も予想しなかった光景が目撃されました。
それはまるで人間の交通ルールを理解しているかのように、赤信号と長い車列を利用して獲物に忍び寄るタカの姿でした。
赤信号が長引くことを知らせる音声が鳴ると、木陰から飛び出して歩道沿いを低空飛行し、車列の陰をすり抜け、90度の急旋回を決めて獲物に襲いかかる——。
この巧みな戦術を駆使していたのは、北米に広く分布する中型の猛禽類「クーパーハイタカ」。
その巧妙さは、野生動物の知性に対する従来の常識を覆すほどでした。
研究の詳細は2025年5月23日付で科学雑誌『Frontiers in Ethology』に掲載されています。
目次
- 奇妙な動きをするタカとの出会い
- 赤信号を巧みに利用していた
奇妙な動きをするタカとの出会い

観察のきっかけは、米テネシー大学の動物行動学者ウラジーミル・ディネツ(Vladimir Dinets)氏が2021年の冬に体験した“偶然”でした。
ある冬の寒い朝、ディネツ氏が娘を学校へ送る途中、米国東部ニュージャージー州ウエストオレンジの交差点で赤信号に引っかかっていたときのことです。
ふと横を見やると、長い車列の左側に沿って歩道を低空飛行する一羽のクーパーハイタカが目に入りました。
クーパーハイタカは歩道すれすれを滑空したかと思えば、鋭く右側に90度ターンし、車と車の隙間を縫って向かいの住宅の庭へ飛び込んでいったのです。
こちらが実際の飛行ルートになります。

その住宅(家屋2番)では、大家族が住んでいて、夕食を前庭でとる習慣があり、翌朝には庭先に残ったパンくずや食べ残しがスズメやハト、ムクドリなどの小鳥をたくさん引き寄せることで知られていました。
クーパーハイタカの狙いはその鳥たちだったのです。
ディネツ氏はこの出来事に強く惹かれ、後日、車を“隠れ観察所”にして、計18日間にわたる観察を開始。
その結果、氏はタカの驚くべき狩りの仕組みに気づくことになります。
それは「ただ飛び出している」のではありませんでした。
タカは明らかに、ある特定の条件を待ち、計画的に動いていたのです。
赤信号を巧みに利用していた
その特定の条件とは「歩行者用の音声信号が鳴ること」でした。
この交差点では、通常の赤信号だと車列はせいぜい4台程度で、タカが姿を隠して獲物に接近するには短すぎます。
ところが歩行者が横断歩道のボタンを押すと、赤信号の時間が30秒から最大90秒に延長され、車の列は10台近くにも伸びて視界を遮る壁となるのです。
このとき同時に作動するのが、視覚障がい者のための音声信号です。
タカはこの「音」をきっかけに、先の画像の家屋11番の前の木に舞い降り、そこで1分程度待機。
車列が十分に伸びて獲物からの視界が完全に遮られた瞬間に飛び立つルールを確立していることが観察されました。

それはまるで狙撃兵のように、タイミングとルートを正確に計算した動きだったのです。
ディネツ氏は12時間の観察中に6回の攻撃行動を記録し、そのうち2回では獲物を捕らえる決定的瞬間も目撃しています。
1回はスズメを掴んで飛び去り、もう1回は地面でハトを食べているところを確認しました。
さらに驚くべきは、このタカの狩猟戦略が観察されたのは平日朝のみに限定されていたという点です。
週末は車列もなければ、音声信号もなく、庭に食べ物が残されることもありません。雨の日の翌朝も同様です。
つまりこのタカは「どのタイミングで獲物が現れるか」「どの条件が揃えば狩りが成功するか」を総合的に記憶し、把握していたと考えられます。
この行動が単なる“偶然の連鎖”ではないことは、音声信号が鳴っていた時間の割合(わずか3.75%)とタカの登場タイミングとの統計的な一致率からも裏付けられています。
動物の驚くべき適応力の高さ
この行動は、動物における「因果関係の理解(=赤信号の音が鳴ったら、長い車列ができる)」の存在を示す貴重な証拠といえます。
そしてタカは、獲物の位置が見えない状態でも、どこに何があるかを正確に把握し、最短ルートを記憶して移動していたのです。
こうした高度な認知能力は、これまでカラスやオウムなどの鳥類、あるいは霊長類やネコなどの哺乳類で報告されてきました。
例えば、カラスはクルミや小型の脊椎動物を交通量の多い道路に落として、車に轢かせて殻や骨を割らせることがあります。
また死肉を食べる鳥たちは、交通量の多い道路を常に監視・巡回しており、轢かれた動物を即座に奪い取るために動いています。
他にも、小鳥たちは車体に付着した虫の死骸をついばみ、移動中の車両、列車、船の中に巣を作ることさえあります。
一方で、今回のように猛禽類における自然下での実例は非常に希少です。
また、観察されたクーパーハイタカは若鳥であり、この場所に渡ってきてまだ間もない個体であった可能性が高いことから、この知性は都市生活によって進化したものではなく、もともと備わっていたものだと考えられます。
ディネツ氏は2022年冬にも、成鳥の羽色をした同一個体と思われるタカが同じ戦法で狩りをしているのを目撃しています。
しかし翌年夏、信号機の音声装置が故障し、加えて獲物の集まる家に死んでいた大家族が引っ越したことで若いハイタカも姿を見えなくなり、以降この狩りのスタイルは確認されていません。
それでも今回の事例は、動物たちが人間の作り出した人工物を巧みに利用して、自らの狩猟戦略に役立てる適応力を持つことを示すものとして大いに注目されました。
参考文献
Street smarts: how a hawk learned to use traffic signals to hunt more successfully
https://www.frontiersin.org/news/2025/05/23/street-smarts-hawk-use-traffic-signals-hunting
New Jersey Hawk Develops Clever Hunting Strategy Using Traffic Signals
https://www.sciencealert.com/new-jersey-hawk-develops-clever-hunting-strategy-using-traffic-signals
元論文
Street smarts: a remarkable adaptation in a city-wintering raptor
https://doi.org/10.3389/fetho.2025.1539103
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部