「ある人物が極端なナルシシズムに陥り、やがて国家を率いる独裁的なリーダーとなる」
そんな事態を私たちは歴史上、何度も目にしてきました。
ですが、そうしたナルシシズムの強いリーダーたちは一体、どのような背景から誕生するのでしょうか?
そうした問題意識のもと、トルコ・ムシュアルパルスラン大学(Muş Alparslan University)の心理学研究チームは調査を実施。
ナルシシズムの強いリーダーの代表格として「ヒトラー、プーチン、トランプ」を引き合いにし、この3人に共通する家庭環境を調べました。
その結果、ナルシシズムの強いリーダーを生み出してしまう父親と母親の特徴が浮かび上がったのです。
研究の詳細は2025年5月21日付で学術誌『Frontiers in Psychology』に掲載されています。
目次
- 幼少期の体験が「ナルシシズムの強いリーダー」を育むのか?
- 危険なナルシシストを生む家庭環境の共通点とは?
幼少期の体験が「ナルシシズムの強いリーダー」を育むのか?
研究チームは今回、ヒトラー、プーチン、トランプをナルシシズムの強い政治リーダーの代表格として選び、その家庭背景に何らかの共通点があるかどうかを分析することにしました。
心理学の分野では、ナルシシズムとリーダーシップの関連性は古くから知られています。
ナルシシストは注目や承認、称賛を求める傾向があり、こうした動機が政治的野心を駆動することは多々あります。
ただし、先行研究の多くが政治指導者の言動や公的イメージに焦点を当ててきたのに対し、本チームはその“前段階”、すなわち幼少期の家庭環境やトラウマ体験に注目しています。
ヒトラー、プーチン、トランプに対してインタビューや心理検査はできないため、チームは伝記や歴史的資料に基づいた解釈的アプローチを採用。
3人の幼少期に関する既知の事実――特に親の態度、トラウマ体験、情緒的支援の有無――を分析することで、彼らの後の人格やリーダーシップに影響した要因を明らかにしようと試みました。

研究の中心にあるのは、健全なナルシシズム(自尊心を支える)と病的なナルシシズム(防衛的で反応的)の違いです。
健全なナルシシズムは、適切な愛情とほどよい困難を経験することで育まれ、自己肯定感や自信、自尊心を生むのに役立ちます。
一方、病的なナルシシズムは、幼少期のトラウマや過剰または不安定な養育環境によって生じることが多く、過剰な自己像を通じて脆弱性を隠そうとする防衛反応です。
そして調査の結果、ヒトラー、プーチン、トランプに共通する家庭背景が見つかりました。
危険なナルシシストを生む家庭環境の共通点とは?
研究によると、ヒトラー、プーチン、トランプのいずれも、幼少期に健全なナルシシズムの発達を妨げるような心理的ストレスにさらされていました。
一言で説明すると、彼らはいずれも厳格で権威的な父親と情緒的に過保護な母親のもとで育っていたのです。
このような、片親からの厳しい抑圧と、もう一方からの過度な愛情という組み合わせは、子どもに情緒的不安定を引き起こし、無価値感や不安から逃れるために誇大な自己像を形成する要因になるといいます。
たとえば、ヒトラーは父親から“カバ革のベルト”で頻繁に暴力を受けていたとされていました。
その一方で、母親は彼を溺愛し、3人の子を亡くした後の心の拠り所として扱っていました。
このような極端な環境が、ヒトラーの誇大な自己意識や支配欲の形成に関与した可能性があります。

プーチンも類似の家庭背景を持っています。
彼の両親は彼が生まれる前に2人の子を亡くしており、プーチンは戦時の苦労話を聞いて育ちました。
彼自身も父親からベルトで叩かれていたと公言しており、母親からの情緒的な注目を一身に受ける“代替児”として育った点もヒトラーと共通しています。
またトランプの場合は身体的虐待ではなく、情緒的な見捨てられ体験が指摘されています。
12歳で軍事寄宿学校に送られたことを本人は「両親に拒絶されたと感じた」と語っています。
このように家庭から切り離され厳格な環境に置かれたことが、彼の支配欲や賞賛への欲求を強化した可能性があります。

これら3人の事例に共通するのは、トラウマや年齢に見合わない強いフラストレーションの経験です。
子どもにはある程度の困難が必要ですが、それが極端だった場合、感情の回復力を失い、防衛的なナルシシズムが育つことになります。
そして何より、3人に共通するのが権威的な父親像です。
支配的で愛情を与えず、感情的に不在な父親と、母親の過剰な補償が、健全な自己概念の発達を妨げたと考えられます。
この研究は、これらの指導者たちに見られる誇大性、賞賛への欲求、批判への敵意、共感の欠如などの特徴は、単なる野心やイデオロギーだけではなく、癒されていない幼少期の傷に根ざしている可能性を示唆しています。
もっとも、この研究にはいくつかの重要な限界があります。
本人への心理面接や臨床評価ではなく、あくまで伝記や歴史的記録に基づくものであるため、臨床的な診断は下せません。
また同じような幼少期の逆境を経験していても、すべての人がナルシシストになるわけではなく、個人差は大きいとチームは指摘しています。
それでもこうした家庭環境の複雑さが、将来的に、危険な政治リーダーを生むことにつながるかもしれません。
参考文献
Narcissistic leadership in Hitler, Putin, and Trump shares common roots, new psychology paper claims
https://www.psypost.org/narcissistic-leadership-in-hitler-putin-and-trump-shares-common-roots-new-psychology-paper-claims/
元論文
Child, family, and narcissistic political leadership: a comparison of Hitler, Putin, and Trump
https://doi.org/10.3389/fpsyg.2025.1579958
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部