「それ間違ってますよ」「もっとこうした方がいいのでは」
良かれと思ってしたそんな指摘で、思わぬ人間関係のトラブルを経験したことはないでしょうか。
たとえば、ミーティング中に冷静に反論しただけで、急に怒鳴り出す上司。SNSでちょっとした意見の違いを述べただけで、突然ブロックしてくるユーザー。それまで理性的だったはずの人が、何気ないやり取りで突然過剰反応をして、戸惑った経験がある人も多いはずです。
近年の心理学研究では、こうした自分の欠点や弱点を指摘されることに対し極端なまでに敏感で過剰反応する人の背景にある深層心理を、かなり具体的に明らかにしつつあります。
この研究は、アメリカのラトガーズ大学とミシガン大学の研究チームにより、2025年5月付けでアメリカ心理学会(APA)の科学雑誌『Personality Disorders: Theory, Research, and Treatment』に報告されています。
目次
- 「何に怒っているのか?」性格特性で異なるキレる理由
- 怒りの裏には、崩れやすい「優越感」の防衛がある
「何に怒っているのか?」性格特性で異なるキレる理由
様々な性格特性について理解しておくことは、円滑なコミュニケーションや人間関係の構築に重要となるため、心理学の分野ではよく調査されます。
特に、人がどういうことで喜ぶのか、落ち込むのか、そしてどういうことでキレやすいのか? というのは興味深い問題です。
今回、紹介する研究は、その中でも「脆弱なナルシシズム(vulnerable narcissism)」という性格特性について調査を行っています。
脆弱なナルシシズムとは、一言でいえば「自分は特別でありたい」という強い欲求と、「その理想が壊れることへの恐怖」が共存する心理構造です。
こうした人は「表面的には自信家のように見えても、内面では他人の評価に過敏で、不快な感情を怒りとして外に出しやすい」とされています。ただ、それが日常生活の中でどのように現れるかをきちんと観察した研究はあまりありません。
そこでラトガーズ大学とミシガン大学の研究チームは、こうした特徴が実際のコミュニケーションでどう観察できるのか検証する研究を行いました。
ナルシシズムはダーク・トライアドという社会的にトラブルを引き起こしやすい3つの性格特性の1つであり、研究者たちの問題意識は、「この性格特性がなぜ対人トラブルを引き起こしやすいのか、その具体的なメカニズムを確認する」点にありました。
調査には約400人の参加者が協力しました。彼らにはまず、質問票により「脆弱なナルシシズム」の傾向を評価され、その後、スマートフォンを使って日常の対人関係と感情の変化を1日6〜7回、最大21日間記録してもらうという、実生活に根ざした調査手法(経験サンプリング法)が用いられました。
参加者は毎回、「いま関わった相手はどんな態度だったか(支配的・従属的/親密・冷淡)」を数値で評価し、自分自身が感じた怒り、不安、苛立ちなどについて報告しました。
その結果、脆弱なナルシシズムのスコアが高い人ほど、相手が自分より優位に振る舞っている(=支配的)と感じたときや、相手がよそよそしく冷たく接している(=親密性が低い)と感じたときに、怒り・不安・苛立ちといったネガティブな感情が特に強く現れることが明確に示されました。
つまり、こうした性格特性を持つ人は、相手からの指摘や注意に対して、自分の優位性や特別さが脅かされたと感じ、それを怒りとして表出しやすい状態にあるのです。
ナルシシズムという性格特性は、一般に「自分に強い自信を持ち、自分は特別な存在だと信じている」傾向を指します。
しかし脆弱なナルシシズムと呼ばれるタイプの人たちは、表面的には同じ様に「自分を特別視」して自信家のように振る舞っていながら、実際の内面は非常に不安定で完全に自分に自信を持つことができていません。そのためその自尊心は非常に揺らぎやすく、自分の理想像を崩されることへの強い不安や恐怖を抱いているのです。
そのため他人のちょっとした言動にも敏感であり、相手の態度を「上から目線」や「冷たい態度」と感じやすいことが、過去の研究から報告されています。
この一連の流れこそが、脆弱なナルシシズムの本質だと研究者たちは指摘しています。
怒りの裏には、崩れやすい「優越感」の防衛がある
研究者たちが解き明かそうとしたのは、ある性格特性の人における「なぜその怒りが生まれるのか」という構造的な背景でした。
脆弱なナルシシズムを持つ人々は、自分を「特別でありたい」「他者より優れていたい」という強い願望を持っています。それ自体は、誰もが少なからず抱える自己肯定感の一部ですが、問題はそれを支える土台が非常に不安定なことです。
表面的には「私はすごい」と振る舞っているのに、内側では「それが崩れたらどうしよう」と常にビクビクしています。これを「自己評価の二重性(self-esteem instability)」として報告している研究もあり、自信と不安の同居した心の構造が特徴だとされます。

こうした人々にとって、他者からの忠告や反論は、単なる「アドバイス」や「意見の違い」ではありません。それらはまるで、自分の理想像を揺るがす“脅威”として感じられてしまうのです。
そのため彼らは、些細なアドバイスや指摘でも「自分の価値が否定された」「見下された」という形で解釈し、それを怒りという攻撃的な感情で跳ね返そうとします。つまり、怒りは“自分の特別さを守る最後の砦”のように機能しているのです。
この構造を理解することで、私たちは「なぜあの人は、素直に人の意見を聞かないのか?」という問いに、より冷静に向き合えるようになります。
こうした脆弱なナルシシズムの特性を理解できれば、「何気ない一言でも、あの人は『自分が否定された』と受け取る」と事前に想定できますし、本人の理想像を壊さないように誘導してあげることで、反発を避けて言うことを聞かせることもできます。
もちろん、これは「怒りっぽい人を甘やかそう」という話ではありません。
人を使うのが上手い人は、こうした相手の性格特性に合わせた誘導が無意識に出来ていると考えられます。
そのため、こうした性格特性の特徴と、それに応じた対策を理論的に理解しておくことは、仕事を円滑に進める上でも重要な知識です。
また、こうした性格特性が強くなりすぎると、「自分を否定された」と感じた瞬間に激しく怒ったり、自分の評価を下げた相手に報復しようとする行動を繰り返すようになり、職場でもSNS上のやり取りでも、あらゆる人間関係で深刻なトラブルを引き起こす可能性があります。
今回の研究は、そのような問題を未然に防ぐためにも重要な意味を持っています。「どんなときに、どんな相手に、どんな反応が起きやすいのか」という心理的なメカニズムを明らかにすることで、本人や周囲が早めに気づき、関係の悪化を防ぐ手がかりになるからです。
怒りを生む“心の構造”を理解すれば、人間関係を円滑にできる
「なんで素直に人の言う事が聞けないの?」「なんでそんなことで怒るの?」――一見理解しがたい相手の行動の裏に潜む心理を、心理学の研究は明らかにしようとしています。
私たちはしばしば、怒りっぽい人、言うことを聞かない人に戸惑い、イライラし、距離を取りたくなります。
けれど、そうした人たちの奥にあるのは、単なるわがままや性格の悪さではなく、「自分の理想像を崩されることへの恐怖」かもしれません。
もちろん、それを理解したからといって、すべて相手の特性に付き合う必要はありません。けれど、相手の反応を「異常」や「理不尽」と決めつける前に、「なぜその反応が起こるのか」を知ることができれば、無用な衝突やストレスを減らすヒントになるはずです。
人間関係の難しさは、感情の動きが見えにくいことにあります。今回の研究は、その“見えにくい領域”に光を当て、怒りという感情の奥にある構造を、私たちに教えてくれるものでした。
参考文献
Why Narcissists Can’t Stand to Be Seen as Weak
https://www.psychologytoday.com/au/blog/fulfillment-at-any-age/202505/why-narcissists-cant-stand-to-be-seen-as-weak
元論文
Narcissism’s effect on regulatory processes in interpersonal situations
https://doi.org/10.1037/per0000693
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部