SとM(サディズムとマゾヒズム)というと、痛みや支配・服従を伴う過激な性癖、あるいは心に問題のある人々というイメージがあるかもしれません。
スペインのマドリード・コンプルテンセ大学(UCM)で行われた研究によって、そうした「縛られた」固定観念を解きほぐすような研究結果が報告されました。
スペインで約2000人を対象にした最新の大規模調査で、SMを実践する人々は、実践しない人に比べてむしろ心理的に安定し幸福度が高い傾向が示されたのです。
ひとことで言えば、「ねじれてなんかいない、ただ“ちょっと特殊”なだけ」――彼らBDSM実践者たちは心の健全さという点で一般層よりも良好な心理プロフィールを持っていたと言えます。
研究内容の詳細は『Journal of Homosexuality』にて発表されました。
目次
- SM好きが心を病んでいるという見識は正しくない
- SM好きはメンタル最強? 2,000人調査で判明
- 偏見とエビデンスの大逆転劇
SM好きが心を病んでいるという見識は正しくない

BDSMとはBondage(拘束)、Discipline(調教)、Sadism(加虐趣味)、Masochism(被虐趣味)の頭字語で、日本で言う「SMプレイ」を含む多様な性的嗜好の総称です。
具体的には、身体的・心理的な拘束や主従の権力交換、痛みを含む強い感覚刺激、ロールプレイ、フェティシズム、恍惚感を伴う「ヘッドスペース」状態など、幅広いプレイを指します。
これらは一般に「キンク(風変わりな性的嗜好)」とも呼ばれ、当事者同士の明示的な合意に基づいて行われるものです。
(※性科学分野ではSMをBDSMと呼称することが一般的です。またキンクを日本語で言い表すのは難しいですが、病的でなく合意を基にした上で行われる『合意の変態』あるいは『安全な変態』『健全な変態』に近いニュアンスと言えます。キンクという表現も性科学分野の論文では非常に多くみられるため、覚えておいてもいいかもしれません。)
BDSMでの役割は伝統的には支配する側のドミナント(Dom=相手から主導権を預かる役)、従う側のサブミッシブ(Sub=主導権を明け渡す役)、そして場合に応じて両方を行うスイッチの3種に大別されます。
ただしこの分類はBDSMの「支配・服従(D)の側面」に偏っており限定的だとも指摘されています。
そこでプレイ中の痛覚に着目し、与え手の「トップ(加虐者)」、受け手の「ボトム(被虐者)」、および「スイッチ」という分類も提案されています。
つまりBDSMには身体的刺激を伴うSMの要素も含まれるのです。
歴史的にBDSMは長らく変質的・病的なものと見なされ、心理学的にも何らかの精神障害やトラウマの表れだというスティグマ(偏見)が存在してきました。
例えば「幼少時の虐待被害で歪んだ性嗜好になった」「愛着スタイル(他者との絆のパターン)が不安定だ」「パーソナリティに問題がある」等のレッテルです。
実際、2013年の調査では多くのセラピストがBDSM愛好者同士の関係は「不健全」だと考えていたとの報告もあります。
しかし近年、そうした見方に異を唱える研究が現れました。
代表的なものが2013年に発表されたウィスメイヤー&ヴァン・アッセンによる調査で、この研究ではBDSM嗜好を持つ人々はむしろ一般集団よりも心理的に機能的な特性を示し、性的興味による深刻な心理的害は確認されなかったと報告されています。
とはいえ単一の研究だけでは偏見を覆すには不十分であり、その後も複数の追試的研究が行われています。
例えばフィンランドで3000人以上を対象に実施された大規模調査では、先の2013年研究の主な所見が概ね再現され、この現象の一般性が裏付けられました。
以上のような背景から、スペインの研究チームは先行研究の結果を新たな集団で再現しうるかを検証すること、そしてBDSM実践者の中で役割や経験年数、性的指向・性自認などによる違いを詳しく探ることを目的に今回の研究を行いました。
とくに先行研究は主に西欧諸国で限られたサンプルで実施されていたため、より多様で大規模なサンプルによる高検証力の研究が求められていたのです。
SM好きはメンタル最強? 2,000人調査で判明

研究チームはまずオンライン募集により、スペイン国内の18〜68歳の成人1,907名を集めました(最終有効回答は1,884名)。
参加者はSNSや成人向けグッズ企業のニュースレターなどを通じて募られ、約6割(60%)が「現在BDSMを実践している(あるいは過去に実践経験がある)」と自己申告し、残り4割が「BDSM未経験者」でした。
性別は女性が58%、男性35%、トランスジェンダー/ノンバイナリー等が6%と比較的多様で、性的指向も約53%がLGBTQIA+(主にバイセクシュアル・パンセクシュアル)と、半数以上がいわゆる性的マイノリティに該当していました。
年齢層は中央値が28歳と若めながら、18歳から68歳まで幅広く含まれています。
なおBDSM実践者の内訳を見ると、服従側(サブミッシブ:M側)役が約45%と最多で、スイッチ(27%)、支配側(ドミナント:S側)役(25%)の順でした。
これはBDSMコミュニティ内でも服従願望を持つ人が比較的多いことを示唆しています。
全参加者はビッグファイブ性格検査(外向性・協調性・誠実性・神経症傾向・開放性)や成人の愛着スタイル、拒絶感受性、主観的幸福感(ウェルビーイング)に関する標準化された質問票に回答しました。
BDSM実践者にはそれに加えて、自分のBDSMにおける主な役割(ドミナント/サブミッシブ/スイッチ)やプレイ内容の指向(トップ=加虐志向/ボトム=被虐志向/スイッチ)、そしてBDSM経験の頻度や年数といった項目も尋ねています。
研究者たちは年齢や性別などの背景要因を統計的に統制したうえで、BDSM実践群と非実践群のあいだに人格・愛着・幸福度などで有意差があるかを検定し、さらにBDSM内の特定の役割(例:支配側vs従う側)による心理傾向の違いも分析しました。
その結果、BDSM実践者は非実践者に比べて心理測定の各尺度でより良好な傾向を示すことが明らかになりました。
具体的にはBDSM実践者は一般層よりも以下の特徴が見られました。
①安定型の愛着スタイルが多い(不安定な愛着〔不安型・回避型〕が少ない)。
②外向性(Extraversion)・誠実性(Conscientiousness)・開放性(Openness)のスコアが高い。
③協調性(Agreeableness)は非実践者よりやや低い傾向があった。
④神経症傾向(Neuroticism)が低い。
⑤拒絶感受性(他者に拒否されることへの敏感さ)が低い。
⑥主観的幸福度(ウェルビーイング)が高い。
要するに、BDSM実践者たちは愛着がより安定し、ネガティブな特性が弱い一方でポジティブな性格特性が強いという、従来の偏見に反した非常に機能的な心理プロフィールを持っていたのです。
こうした全体傾向は2013年の先行研究と概ね一致しており、今回それが約1,900人規模の新たな集団でも再現された形になります。
興味深いのは、BDSM内での役割の違いによる傾向です。
全体として「支配する側」すなわちドミナント役の参加者が最も安定した心理的特徴を示しました。
とりわけドミナントは愛着スタイルが非常に安定しており(この傾向は女性ドミナントで顕著)、さらに外向性や誠実性、主観的幸福度が高く、神経症傾向や拒絶感受性が低いという極めて機能的な心理プロフィールを備えていたのです。
一方、「従う側」すなわちサブミッシブ役や両方を担うスイッチ役の人々は、多くの指標でドミナントと非実践者の中間的な値を示しました。
またBDSM経験年数が長い人ほど、これらポジティブな傾向がさらに強まる(例えば拒絶感受性がより低い)ことも確認されました。
さらに解析によって、愛着・性格・幸福度など心理特性どうしの関連構造(心理的構造)は、BDSM実践者と非実践者で大きく変わらないことも示されました。
これはBDSM実践者は特定の特性の平均レベルこそ違うものの、心の基本的な仕組み自体は一般集団と変わらないことを意味します。
言い換えれば、BDSM嗜好の人だからといって特別な心理構造を持つのではなく、一般の人と同じ心の作りを持ちながら平均的にはより適応的な傾向を示すというのが今回の発見なのです。
なお本研究では被験者の多様性を活かし、ジェンダーやセクシュアリティによる違いについても分析が行われました。
その結果、性的指向ではバイセクシュアル・パンセクシュアルの参加者が他の層よりも親密な関係への不安が低い(他者との心理的距離にあまり不安を感じない)傾向があり、トランスジェンダーやノンバイナリー等の参加者は開放性が高くかつ拒絶感受性もやや高い傾向が見られました。
このように交差する属性ごとの特徴は、マイノリティとしてのストレス要因など社会的文脈を考慮する重要性を示唆しています。
偏見とエビデンスの大逆転劇

BDSM実践者の心理的プロフィールがこれほど良好だという結果は、「BDSM嗜好は心理的な問題の表れ」という古い見方と対極に位置します。
研究者らも「今回の知見は、BDSMが心の損傷や倒錯のサインだとする時代遅れの見解と真っ向から矛盾する」と強調しています。
むしろBDSMは健全な性的自己表現の一形態であり、個人の情緒安定や対人関係の良好さに結びつくポジティブな特性と関連していると示唆されます。
例えばBDSMコミュニティでは、プレイ前後の十分な話し合いや合意形成、アフターケアなど信頼関係に基づくコミュニケーションが重視されます。
こうした要素が心理的な安定や満足度を高めている可能性も考えられるでしょう。
実際、研究チームは「BDSM実践者はより健全な対人関係を築く傾向がある」とも解釈しています。
拒絶感受性が低く他者からの拒否を過度に恐れないため、「ありのままの自分を率直に表現できる傾向がある」というのです。
BDSMの場が彼らにとって安心できる自己表現の機会となり、他者との絆や自己肯定感を育む側面もあるのかもしれません。
もっとも、本研究には注意すべき限界もあります。
第一に、今回は1回限りの調査(横断研究)であり、因果関係を直接証明できないことです。
つまり「BDSMを実践することで心が安定した」のか「もともと安定した人がBDSMに惹かれる」のかは判別できません。
第二に、データは自己申告式アンケートに基づくため回答バイアス(社会的望ましさによる回答歪曲など)の可能性があります。
第三に、参加者の募集方法がSNS等による自選サンプルであるため、必ずしも一般人口を代表しているわけではありません。
加えて本研究はスペインの文化的背景に依存する部分もあり、他の地域や集団にそのまま当てはまるかどうかは慎重に検討が必要です。
このような点を踏まえ、結果の解釈には注意が求められます。
それでもなお、「BDSM実践者は心に問題がある」といった有害なステレオタイプを改めるべきだとする今回のエビデンスの意義は大きいと言えます。
研究者らも、医療者や教育者、社会一般がキンクコミュニティへの偏見や思い込みを見直す必要性を強調しています。
そしてさらなる追試研究、とりわけ縦断的なデータ収集(長期的な変化を見る研究)やより代表性の高いサンプルによる調査を呼びかけています。
BDSMが人間のセクシュアリティやメンタルヘルスの中で果たす役割を解明するには、こうした追加研究が不可欠でしょう。
ひょっとすると本当に「縛られるほど心は自由になる」のかもしれません――少なくとも本研究の結果は、そんな一見逆説的な可能性を示唆するものとなりました。
元論文
Not Twisted, Just Kinky: Replication and Structural Invariance of Attachment, Personality, and Well-Being Among BDSM Practitioners
https://doi.org/10.1080/00918369.2024.2364891
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部