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量子電池で「内燃化」する量子コンピューターに革命を起こす


クイーンズランド大学の研究により、新たに提案された「量子電池」を用いた量子コンピュータが注目されています。従来の量子コンピュータは、外部のエネルギー供給が必要で、そのための配線が複雑化し、結果的に発生する熱がボトルネックとなっていました。新たな設計では、共振器に蓄えた光子エネルギーを量子ビットに受け渡すことで、外部配線を減らし演算性能を維持できる仕組みを提案しています。この方法により、量子誤り訂正における操作が98%以上の精度で可能で、冷却機に収容できる量子ビット数も最大4倍に増えると期待されています。しかし、実用化には技術的な課題もまだ存在しています。

オーストラリアのクイーンズランド大学(UQ)で行われた研究によって、量子コンピュータの中に“量子電池”を組み込み、外部配線をゴッソリ減らしても演算性能を落とさない大胆な設計法が発表されました。

量子ビット(Qubit)をマイクロ波パルスで駆動する従来方式では、冷却機にまで伸びる膨大なケーブルが熱を持ち込み、規模拡大の最大の足かせになっていました。

しかし研究者たちは今回の研究で「電池となる共振器に光子エネルギーをため、必要なときだけ量子ビットへ受け渡せば、駆動ラインを丸ごと削除できる」と主張します。

理論シミュレーションでは、量子誤り訂正に不可欠なエンコード操作を98 %超の忠実度で実行できるうえ、冷凍機1台あたりに収容できる量子ビット数が最大4倍に跳ね上がる見込みも示され、配線地獄と発熱地獄を一気に解放する切り札になりそうだと注目を集めています。

実験室で産声をあげたこの“量子電池付き量子コンピュータ”は、本当に量子計算の未来を塗り替えるのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年3月26日に『arXiv』にて発表されました。

目次

  • “熱”と“混線”という2大ボトルネック
  • 量子電池が開く〈内蔵パワー〉革命
  • ゼロ損失計算への道と残る壁

“熱”と“混線”という2大ボトルネック

“熱”と“混線”という2大ボトルネック
“熱”と“混線”という2大ボトルネック / Credit:Canva

従来の量子コンピュータは、室温付近の電子機器から配線を通じてエネルギー(マイクロ波パルスなど)を送り込み、極低温下にある量子ビットを制御する仕組みになっています。

問題は、こうした外部制御方式によって発生する「熱」と「配線の複雑化」です。

  • 熱の問題: 配線を介してエネルギーを送り込む際に、どうしても熱が発生し、量子ビットを冷やす冷凍機(クライオスタット)に大きな負担をかけます。
  • 配線の増大: 量子ビットが増えるほど制御線も増やさなければならず、結果として装置は複雑化し、物理的・冷却的にも限界が見えてくるのです。

このように、より多くの量子ビットを使って計算能力を高めたいにもかかわらず、配線に起因する熱と構造面の制約が“ボトルネック”となっていました。

そこで研究チームが注目したのが「量子電池」という新しい概念です。

量子電池は、量子力学的な原理を利用してエネルギーを蓄えたり放出したりできる電池で、通常の電池とは異なり、量子ビット(負荷)と量子的にコヒーレント(相干渉)な状態を保ちながらエネルギーをやり取りできる点が特徴です。

つまり、量子ビットと電池が一体となって振る舞うため、理論上はエネルギー交換の際に熱が発生しません。

これまで量子電池そのものの研究は行われていましたが、それを量子コンピュータの「動力源」として活用しようという枠組みはありませんでした。

そこで研究チームは、世界で初めて「量子電池を用いて量子コンピュータを動かす」というコンセプトを打ち出し、内部電源方式の可能性を検討することにしたのです。

目指すのは、外部配線に依存せず、量子電池が供給するエネルギーだけで量子ゲート操作(論理演算)を行い、しかも従来と同等以上の演算精度を確保することでした。

こうして、量子ビットの増加が制約される根本的な原因である「外部からの配線」を劇的に減らすことができれば、より大規模な量子計算機を実現できるのではないか——。

それが研究チームの大きな狙いであり、本研究の原動力となっています。

量子電池が開く〈内蔵パワー〉革命

量子電池が開く〈内蔵パワー〉革命
量子電池が開く〈内蔵パワー〉革命 / Credit:Canva

今回の研究チームは、量子電池として単一モードのボソニック共振器(例:マイクロ波光子のモード)を想定しました。

まず、この共振器に一定数の光子(エネルギー量子)を蓄えておき、複数の量子ビットと結合させます。

すると、共振器と量子ビット群全体は“タビス–カミングスモデル”と呼ばれる理論で記述でき、系全体のエネルギー総和が保たれたまま、光子が量子ビット間を自由に行き来するようになるのです。

ここでのポイントは、各量子ビットの共振周波数を「電池」に合わせたりずらしたりするだけで、さまざまな論理操作ができることです。

研究チームは、この仕組みを大きく3種類のゲート操作にまとめました。

1:エネルギー転送ゲート

電池(共振器)に蓄えた光子を特定の量子ビットにやり取りすることで、ビットの状態(0と1)を反転させる操作ができます。

これはいわば、量子ビットの「充電」あるいは「放電」に相当します。

2:全ビットエンタングルゲート

電池を介して複数の量子ビットを同時に絡み合わせ(エンタングルメントを生成)、一括で操作できます。

隣り合ったビット同士だけでなく、離れたビット同士も一度に関係づけることが可能です。

3:位相ゲート

非共鳴状態(電池の周波数とは少しずらした状態)で量子ビットを操作すると、エネルギーのやり取りは行わず、位相(量子特有の“振動タイミング”)だけを変化させることができます。

これら3つのゲート操作は、ビットごとの周波数設定を変えるだけで切り替えが可能です。

従来の量子コンピュータのように、各ビットに専用の配線を引き回し、複雑な外部パルスを送る必要がないというのが大きな特徴です。

研究チームは、この方式の有効性を数値シミュレーションによって検証しました。

特に、量子コンピュータに不可欠な「量子誤り訂正」への応用をテストケースとし、量子ビットのエラーを修正するための一連の操作をどれだけ正確に実行できるかを調べています。

その結果、エンコード操作(誤り訂正に必要な初期の処理)を98%以上の忠実度で行えることを確認しました。

これは従来の制御方式に匹敵する精度であり、提案された量子電池方式が十分に実用化を目指せるレベルだといえます。

また、このシミュレーションでは、複数の量子ビットにまたがる「パリティ」(偶奇の性質)を一度の操作で測定できる可能性も示されました。

通常であれば何段階も操作を重ねる必要がある複雑な処理が、電池を介した全体エンタングル効果によってまとめて実行できるというのです。

これは、量子誤り訂正のプロトコルを大幅に簡略化する潜在力があると期待されています。

さらに、ハードウェア面での利点も見逃せません。

従来は量子ビットごとに配線を用意していましたが、この量子電池方式なら外部駆動の配線をほぼ取り除けるため、同じ冷却容器内により多くの量子ビットを実装できます。

研究チームは、この配線削減効果によって理論上4倍もの量子ビットを搭載できるという試算を示しています。

こうしたスケーラビリティの向上は、大規模な量子コンピュータを目指すうえで非常に重要なステップとなるでしょう。

ゼロ損失計算への道と残る壁

ゼロ損失計算への道と残る壁
ゼロ損失計算への道と残る壁 / Credit:Canva

この新しい「量子電池駆動方式」は、量子コンピュータの設計に大きな変革をもたらす可能性があります。

なかでも注目すべきは、計算に必要なエネルギーを外部から供給せずにシステム内部で“循環”させるため、理論上は演算過程で熱がほとんど生じないという点です。

量子電池が量子ビットとコヒーレントにつながっているおかげで、エネルギーが散逸せず、何度も再利用できるわけです。

また、電池を中心に量子ビット同士を間接的に結びつけることで、柔軟なエンタングル(絡み合わせ)が実現しやすくなるのも大きなメリットです。

既存の量子コンピュータでは隣り合うビット同士だけを結合していたため、複雑な演算を組むのに手間がかかっていました。

量子電池方式ならオールトゥオールに近い接続が自然に得られるため、高度なアルゴリズムを効率よく実行できる可能性が広がります。

ただし、実際にこの方式をハードウェアへ落とし込むには、いくつかの技術的ハードルを克服しなければなりません。

たとえば、フォック状態と呼ばれる特定の光子数状態を長時間安定に保つ技術や、量子ビットの周波数を精密に切り替えるフラックス制御など、まだ研究段階の課題も多いのが現状です。

多数の量子ビットが一斉に電池と相互作用しても、量子的なコヒーレンス(秩序ある量子状態)をどのように維持するかという問題もあります。

研究チームは、こうした課題の解決に向けて、「フォック状態の準備と維持」「フラックスパルスの高度な較正」「共振器コヒーレンスの確保」などを今後の重要テーマとして挙げています。

これらがクリアされれば、量子コンピュータ内に“小さな電池”を搭載する日がそう遠くないかもしれません。

量子計算機をより大規模・高速に発展させるために不可欠と考えられていたエネルギー供給の仕組みが、外部配線をほとんど使わずに実現できるかもしれない——。

今回の研究は、その壮大な可能性を初めて具体的に示したと言えます。

将来的には、量子コンピュータのエネルギー効率を飛躍的に高め、さらには装置の拡張性を大幅に広げる基盤技術となることが期待されています。

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元論文

Quantum Computation with Quantum Batteries
https://doi.org/10.48550/arXiv.2503.23610

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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