プラスチックによる海洋汚染やマイクロプラスチックの人体への影響など、環境と健康を脅かす問題が深刻化するなか、私たちの暮らしに欠かせないプラスチックをどうやって「持続可能な形」で作るかは大きな課題となっています。
こうした状況に、新たな一手を打ち出したのが、韓国の韓国先端科学技術大学校(KAIST)で行われた研究によって、遺伝子操作で“大腸菌”にプラスチックを生産させるという画期的な手法です。
これまでも微生物が作るポリエステル系プラスチック(PHAなど)は数多く研究されてきましたが、ナイロンのように強くてしなやかなポリマーをバクテリアに直接生産させるのは難しいとされてきました。
ところが今回、同大学を中心とする研究チームが、複数の特殊な酵素遺伝子を大腸菌に導入することで、ナイロンに近い特性を持つ「PEA」という新たなプラスチックの合成に成功したのです。
石油由来の化学プロセスとは異なり、生物の力を活用してプラスチックを生み出す手法は、廃棄のしやすさや地球資源の節約など、持続可能な未来への大きな可能性を示していますが、果たしてこの方法はプラスチック問題を根本から解決してくれるのでしょうか?
研究内容の詳細は『Nature Chemical Biology』にて発表されました。
目次
- プラスチック汚染の現実とバクテリアの可能性
- 大腸菌を改造してプラスチック工場にする
- バクテリアが拓くプラスチック革命
プラスチック汚染の現実とバクテリアの可能性

プラスチックは軽くて丈夫、そして加工しやすいことから、20世紀以降に爆発的に普及し、現在では年間約4億トンが生産されています。
しかし、そのほとんどが石油を原料にした合成プロセスに依存しているため、大量消費と使い捨ての文化が環境に深刻な負荷をかけています。
燃やせば二酸化炭素(CO₂)の増加につながり、土や海に埋めても分解されにくいため、微小なマイクロプラスチックとして長期間残留し、人や動物の健康リスクが懸念されています。
そこで近年、バクテリアなどの微生物を利用して「環境に優しいプラスチック」を作ろうという試みが進められています。
たとえば一部のバクテリアは、栄養が不足したときに体内にPHA(ポリヒドロキシアルカノエート)というポリエステル系の物質を蓄える性質があります。
PHAは生分解性が期待できるため、石油に依存しないプラスチック生産の候補として研究されてきました。
しかし、ナイロンのように「アミド結合(窒素原子を含む結合)」を含む強靭な素材を、バクテリアで直接生み出すことは簡単ではありません。
アミド結合を連続的につなげるための酵素は自然界でほとんど発見されていないからです。
そこで研究者たちは、大腸菌(遺伝子の改変が容易で多くの実験研究に使われる細菌)に特殊な酵素遺伝子を組み込み、「アミノ酸」を連ねてナイロンに似たプラスチックを生合成させるという全く新しいアプローチに挑みました。
大腸菌を改造してプラスチック工場にする

研究チームが行った実験は、大腸菌に「新しい組み立て図」を与えるようなイメージで進められました。
もともと大腸菌は、飢餓状態になると炭素源を長い分子鎖にして貯蔵するシステムを持っています。
そこに別種のバクテリア由来の特殊な酵素を導入し、炭素源だけでなくアミノ酸も取り込んでつなげられるように設計しました。
ただし、大腸菌にとって「見慣れない」酵素は毒性を持つ場合があり、細胞が弱るリスクがあります。
そこで、少しずつ耐性を獲得した細胞を選抜する「進化的アプローチ」を採り、さらに培養環境や栄養条件を最適化することで、より多くのプラスチックを作れるようにしました。
こうして誕生したのが、ポリエステル構造にアミノ酸由来のアミド結合が混ざった「PEA(ポリエステルアミド)」という新種のバイオプラスチックです。
弾力性や伸びやすさを評価したところ、一部のサンプルが市販のポリエチレン(PE)に匹敵するほどの柔軟性を示しました。
さらに、1リットルの培養液から約54グラムものPEAを得ることに成功し、実験室規模としては高収量と評価されます。
ただし、神戸大学の田口誠一氏が指摘しているように、アミノ酸がポリマー鎖を短くしてしまう可能性があり、実際の強度や分子量は市販のPEには及ばないという見方もあります。
また、細胞からポリマーを取り出す際に大腸菌を破砕して精製しなければならないため、大量生産にはコストや工程面でのさらなる改良が求められます。
バクテリアが拓くプラスチック革命

今回の成果が革新的なのは、自然界に存在しない「ナイロン風のアミド結合」をバクテリアに直接作らせた点にあります。
従来のバイオプラスチック研究はポリエステル系が中心でしたが、この手法ならアミノ酸を組み込むことで、強度や耐久性、さらには分解性までもコントロールしやすくなります。
まさに合成生物学の力でプラスチックを「自由設計」できる可能性を示しており、環境への配慮と実用性を両立した新素材開発の道が大きく拓けたと言えます。
Uluu社のColin Scott氏も「今回の研究は、生分解性プラスチックに新しい機能を持たせる可能性を大きく広げる」と期待を寄せています。
とはいえ、まだ課題は少なくありません。
バクテリアの細胞を破壊して抽出する際の精製コストや、ポリマー鎖をより長く安定させる方法の確立など、改良すべき点がいくつも残されています。
それでも、「ナイロンのような機能性を微生物に任せて作る」という発想は、従来の石油由来プラスチック製造を抜本的に変える可能性があります。
今後、培養条件のさらなる最適化や酵素の改変技術の進歩により、より使いやすく環境負荷の少ないプラスチックが誕生することが期待されます。
合成生物学を駆使したバイオプラスチック研究は、持続可能な社会を支える重要な分野として、ますます注目を集めるでしょう。
元論文
Biosynthesis of poly(ester amide)s in engineered Escherichia coli
https://doi.org/10.1038/s41589-025-01842-2
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部