小さなマウスが、まるで「応急処置」のような行動で仲間を助ける——そんな驚きの光景が、最新の研究で明らかになりました。
アメリカの南カリフォルニア大学(USC)によって行われた研究によれば、麻酔で意識を失ったマウスに対して、元気なマウスが舌を引っ張ったり、口の中の異物を取り除いたりする行動を示し、その結果、倒れた仲間の回復が早まることがわかったのです。
大きな哺乳類が仲間を助ける様子はこれまでにも報告されてきましたが、捕食される立場の小さなマウスがここまで積極的に「助け合い」を実行するとは、私たちの常識を大きく覆す発見と言えるでしょう。
果たして、彼らはなぜ仲間を救おうとするのでしょうか。
研究内容の詳細は2025年2月21日に『Science』にて掲載されました。
目次
- “助け合いは高等動物だけ”という常識を覆す
- マウスも救命処置を行うことが判明
- なぜマウスは仲間を救うのか?
“助け合いは高等動物だけ”という常識を覆す
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大型の社会性動物、たとえばチンパンジーやイルカ、ゾウなどが、けがをした仲間や弱った仲間を助ける行動を示すことは以前から知られています。
こうした「助け合い」は知能が高い動物や群れの結束が強い動物だけの特権のように考えられてきました。
しかし、小さなマウスのように、普段は捕食される側になることも多い動物で、これほど積極的な救助行動が見られるかどうかは、あまり注目されていませんでした。
一方で、最近ではラットが閉じ込められた仲間を助ける実験結果が報告されるなど、「小型げっ歯類にも仲間を思いやる行動があるのではないか」という見方が少しずつ広がっています。
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とはいえ、今回の研究が明らかにしたように「意識を失った個体に対して、まるで応急手当のような動きをする」という例は、これまで一般にはほとんど知られていませんでした。
こうした背景の中、アメリカの南カリフォルニア大学(USC)の研究チームは、マウスという小さな動物でも、仲間の命に直接関わる行動を自発的に行う可能性があるかどうかを改めて検証したのです。
マウスも救命処置を行うことが判明
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今回の研究では、まず「麻酔をかけられて意識がないマウス」を、元気なマウスと同じケージに入れ、その様子を観察しました。
観察時間は平均して13分ほどでした。
その間、元気なマウスが倒れている仲間にどのような行動をとるかを詳細に記録し、後から行動パターンを分析したのです。
すると、最初は相手の匂いを嗅いだり、毛づくろいするなど軽めの接触が多く見られました。
しかし、仲間がなかなか動かない状態が続くと、行動は次第にエスカレートしていきます。
具体的には、口や舌を噛んだり、さらには舌を引っ張り出すような動きをして、気道がふさがらないようにしているかのようにも見えました。
さらに、研究チームは別の実験で「意識のないマウスの口の中に小さなプラスチックのボールを入れる」という方法をとりました。
すると約80%のケースで、元気なマウスがそのボールをうまく取り除く行動を見せたのです。
こうした“応急処置”にも似た行動を受けたマウスは、何もしない場合よりも早く目を覚まし、再び動き出すことが確認されました。
仲間が無事に動き出すと、助ける側のマウスは徐々に行動をやめるという興味深いパターンも明らかになったといいます。
なお、研究チームは「すでに死亡したマウス」を使った条件でも実験を行い、意識の有無だけでなく“生死そのもの”が助ける行動にどう影響するかを比較しています。
死んだ個体に対しても、口や舌を噛むといった強めの刺激行動が見られたと報告されており、マウスたちが「反応のない相手」に対して共通の行動をとる傾向があるのではないかと考えられています。
このように、たった数分の観察時間のうちに、マウスたちが倒れた仲間を単なる好奇心ではなく、あたかも「回復を促すかのような」行動で刺激している事実が確かめられました。
研究チームによれば、マウスが仲間を助けるのは、学習によるものだけではなく、もともと備わった本能的な行動である可能性が高いと考えられています。
実験に用いられたマウスは生後2〜3か月ほどで、倒れた仲間にこうした「応急処置的な行動」をするのを見た経験はなかったはずです。
それでも口を開け、異物を取り除くような行動を自然にとれたということは、経験や訓練ではなく「生まれつきのプログラム」によって行われていると推察されます。
さらに、麻酔をかけられた相手が「よく知っている仲間(同じケージで暮らしていたマウス)」であるほど世話をする時間が長くなることもわかっています。
これは、仲間との結びつきが強いほど助けようとする気持ちが強まる証拠かもしれません。
そして、その背景には脳内の「オキシトシン放出ニューロン」が重要な役割を果たしていると研究者たちは指摘しています。
オキシトシンは、ヒトを含む多くの哺乳類で「社会的な絆」や「思いやり」といった行動を引き出すホルモンとして知られており、出産や授乳にも欠かせない存在です。
今回の結果は、このオキシトシンがマウスの“助け合い”の本能にも深く関わっている可能性を示しています。
なぜマウスは仲間を救うのか?
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今回の研究が示す「マウスによる応急処置的行動」は、これまでの常識を大きく覆す発見だと言えます。
社会性や知能が高いとされる動物だけが仲間を助け合うと考えられてきましたが、実はごく小さなマウスにも、倒れた仲間を回復させようとする積極的な本能が存在していたのです。
こうした行動は、進化の過程で「群れ全体の生存率を高める」ために有利にはたらいた可能性があります。
仲間を救えば、自分自身にとっても将来的に利益がある——それが自然界の厳しい環境で生き延びるための一つの戦略なのかもしれません。
同時に、今回の結果を人間の心肺蘇生法(CPR)などと完全に同一視することはできない点にも注意が必要です。
マウスは舌を引っ張ったり異物を取り除いたりしていますが、人間が行うような高度な技術を身につけているわけではありません。
それでも仲間を回復させるうえで効果があったことは事実であり、その背後にはオキシトシン放出ニューロンなど、共感や愛着を司る脳内メカニズムがかかわっていると考えられます。
今後は、野生のマウスや他の小型げっ歯類でも同じ行動が見られるのか、どれほど多くの動物にこの“助け合い”が広がっているのかを調べる研究が期待されます。
この発見がさらに進めば、私たちの「動物の社会性」に対するイメージが大きく書き換えられるだけでなく、人間の思いやりや助け合いの本質を見つめ直すヒントにもなるかもしれません。
元論文
Reviving-like prosocial behavior in response to unconscious or dead conspecifics in rodents
https://doi.org/10.1126/science.adq2677
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部