地球が今よりはるかに荒涼とした姿だった頃、そこに生まれたはずの最初期の生命が、実はすでにウイルスに対抗する“免疫システム”を持っていたかもしれない――。
そんな衝撃的な可能性が、イギリスのブリストル大学(UoB)によって行われた研究によって示されています。
私たち人間や動植物、微生物までも含む全細胞生物が共有する祖先、LUCA(ルーカ)は、これまで「ごく単純な原始生命」だと考えられがちでした。
しかし研究者たちは、分子解析の結果からLUCAが驚くほど洗練された防御機能を備えていた形跡を指摘しているのです。
いったい、なぜ最も初期のLUCAが既に免疫システムを持っていたのでしょうか?
研究内容の詳細は『Nature Ecology &Evolution』にて公開されました。
目次
- “早すぎる生命誕生”の謎
- 遺伝子に刻まれた42億年前の証拠
- パンスペルミアか超高速進化か――二つのシナリオが示す未来
“早すぎる生命誕生”の謎
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地球が誕生したのはおよそ45億年前と考えられていますが、その初期は灼熱(しゃくねつ)の世界と隕石(いんせき)の衝突が絶えず、生命など存在しようがないと長い間思われてきました。
さらに、約40~38億年前には「後期重爆撃期(こうきじゅうばくげきき)」と呼ばれる時期があったとされ、その衝撃で初期の生命は根こそぎ絶滅したはずだという説もありました。
しかし近年、月の岩石サンプル分析の見直しや海底の極限環境モデルの進展により、地球が当時ほど過酷だったにもかかわらず、意外なほど早い段階で生命が生き延びていた可能性が議論されるようになっています。
そうした背景の中で注目されるのが、私たちが今日知るすべての細胞生命へとつながる祖先、LUCA(ルーカ)です。
分子生物学的な手法、いわゆる「分子時計」による解析から、LUCAは想像以上に太古の時代、およそ42億年前(推定範囲は4.09~4.33 Ga)にまで遡れることが示唆されてきました。
さらに、“最後の普遍共通祖先”とはいえ、実際はごく単純な微生物というより、意外にも多様な代謝や防御機構を有していたのではないか――そうした見解が近年の研究で徐々に強まってきています。
今回の研究は、このLUCAがなぜそんなに早く免疫システムを手にしていたのか、そしてどれほど複雑な生態系が当時すでに存在していたのかを問い直す試みなのです。
遺伝子に刻まれた42億年前の証拠
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今回の研究では、まず現存する多様な微生物の遺伝子情報を集中的に比較し、「全生命に共通する祖先」=LUCA(ルーカ)にまでさかのぼると推定される遺伝子を特定する作業から始まりました。
ここで使われた手法の一つが「分子時計」です。
これは生物のDNAやRNAに蓄積する突然変異のペースをもとに、種が分岐した時期を推定する方法です。
さらに本研究では、“クロスブレイシング”という特殊な解析を導入しました。
具体的には、LUCAより前に複数の遺伝子が「重複(コピー)」された痕跡を手がかりにし、遺伝子系統樹と生物種の系統樹を重ね合わせることで、化石記録による年代情報を精度高く当てはめていったのです。
その結果、LUCAは地球が誕生してからわずか3億年後、つまり約42億年前(推定範囲は4.09~4.33 Ga)という早い時代に存在していた可能性が示唆されました。
しかも、単に“ごく原始的な微生物”だったのではなく、いわゆる“CRISPR-Cas”システムのようなウイルス防御機能まで持ち合わせていた形跡が見つかったのです。
これは、生命が当初からウイルスとの攻防を前提とするほど複雑な生態系を形成していたことを意味します。
ある研究者は「それはかなり進化した微生物であり、長い進化と複雑さの増大の産物だったようだ」と語り、早期の高度な生命活動が行われていた可能性を強調しています。
そして、この“驚くほど早く、しかも複雑な生命が出現した”という事実は、二つの大きなシナリオを浮かび上がらせます。
一つは、初期生命が地球外からもたらされたという“パンスペルミア説”です。
もし、宇宙のどこか別の天体ですでに高い完成度を持った微生物が生まれ、その一部が小惑星や彗星に付着して地球へ運ばれたとしたら、わずか3億年後に高度な免疫システムを備えていたことも説明可能かもしれません。
生命の種が宇宙を渡り歩くというこの仮説は以前から存在していましたが、LUCAの複雑さが証明されればされるほど、その再検討に注目が集まっています。
もう一つは、生命が地球上で予想をはるかに超えるスピードで進化を遂げたとする考え方です。
過酷な初期地球環境が、生物同士の遺伝子交換やウイルスとの軍拡競争を急速に促進し、免疫システムをはじめとする多彩な機能を早々に獲得させたというシナリオです。
実際、CRISPR-Casのようにウイルス遺伝子を取り込んで自己防御を行う仕組みが、最先端のバイオテクノロジーにまで応用されている事実を踏まえれば、このような“巧みな対抗手段”が太古の地球で一気に洗練されたとしても不思議ではありません。
さらに研究チームは、LUCAが嫌気(酸素がない)条件下でもエネルギーを生み出せる数々の代謝経路を持っていた点に注目しており、深海や高温といった極限に近い環境でも十分に活動できた可能性を示唆しています。
パンスペルミア説か、それとも想像を超えたスピード進化か。
どちらのシナリオをとっても、わずか数億年の間に多様な生命現象を作り上げてしまったLUCAとその仲間たちは、私たちの生命観と地球史観を大きく揺るがす存在となりそうです。
多彩な遺伝子や免疫機能をもって「ウイルスとの攻防」に励んだ痕跡は、地球生命がいかにしたたかに環境へ適応し、驚くほど早い段階で高度な社会を形成しうる力を秘めていたかを物語っています。
現代に生きる私たちが、いま利用しているバイオテクノロジーの根幹が、実ははるか昔の深い歴史に結びついていると思うと、地球上での生命のドラマはますます魅力を増して感じられるのではないでしょうか。
パンスペルミアか超高速進化か――二つのシナリオが示す未来
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今回の研究がもたらした最大の意義は、地球最初期から生命が単に存在していただけでなく、外界の脅威(とりわけウイルス)に対抗するほどの“複雑なシステム”をすでに獲得していた可能性を具体的に示した点にあります。
42億年前といえば地球が形成されてからわずか3億年後で、火山活動や隕石衝突が絶えない、とても居住に適しているとは言い難い環境でした。
そうした不安定な時代に、LUCAは嫌気性の代謝や免疫機能を発達させ、ほかの微生物・ウイルスと“生態系的”なつながりを築き上げていたと考えられるのです。
これは、私たちが抱きがちな「初期生命=極めて単純」という先入観を覆す結果であり、地球上における生命進化のスピードと多様化の可能性を再評価すべきだという強いメッセージでもあります。
さらに、パンスペルミア説が指し示すように生命が地球外からもたらされたのか、あるいは地球上で超高速の進化が起こったのかという大きな議論に対しても、新たな視点が開けました。
もしパンスペルミア説が正しいなら、宇宙空間を渡り歩く生命のタネは、すでに高度な機能を備えていたことになります。
一方、地球原初の苛烈な環境下で進化が爆発的に進行したとする説も、免疫システムが極めて早期に形成されたことを考えれば十分に説得力があります。
今後はゲノム解析をさらに拡張して、LUCAの代謝経路や免疫機構がどう進化してきたのか、他の微生物やウイルスとの“共進化”がどのように進んだのかを詳しく解き明かす研究が期待されます。
こうした知見は、初期の生命史のみならず、現代の生物学やバイオテクノロジーにも示唆を与えます。
CRISPR-Casシステムのように、太古の微生物由来の防御機能が最先端医療や遺伝子工学で活用されている事例はすでにありますが、LUCAの免疫システムまでさかのぼれるのであれば、その応用範囲はさらに広がるかもしれません。
また、「複雑な生命」は地球だけの奇跡ではなく、宇宙のほかの惑星や衛星でも類似の進化が起こりうるのではないか、という夢を抱かせます。
いずれにせよ、今回の発見によって、地球史の最深部から私たちまで連綿と受け継がれてきた生命の物語が、より豊かで驚きに満ちたものになったのは間違いありません。
今後、新たな化石や遺伝子データが見つかるたびに、私たちはより緻密で鮮やかな“始まりの章”を描けるようになるでしょう。
LUCAの真の姿を追い求める研究は、生命とは何か、そして私たちはどこから来たのかという根源的な問いに、これまでになかった光を当て始めています。
元論文
The nature of the last universal common ancestor and its impact on the early Earth system
https://doi.org/10.1038/s41559-024-02461-1
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部