私たち日本人の食事に欠かせないマグロ。
しかし、マグロはその止まれない体の構造上、常に膨大なエネルギーを消費していることをご存じでしょうか。
マグロが高速遊泳と局所的恒温性を保つために大量の餌を必要とする理由や、飼料要求率(FCR)の高さが示す超大食漢ぶりを掘り下げます。
止まることなく泳ぎ続ける驚きの生態を、一緒にのぞいてみましょう。
目次
- マグロが「止まれない」理由
- FCRが示す「超大食漢」ぶり
マグロが「止まれない」理由
マグロが海中を絶えず泳ぎ続ける姿には、美しさと迫力があります。
しかし、マグロの止まれない性質は、呼吸機構と体温維持のための特殊な仕組みに深く根ざしています。
まず大きな特徴として、マグロはエラ蓋を使った二重ポンプ換水と呼ばれるポンプ式の呼吸がほとんどできません。
一般的な多くの魚は口から水を吸い込み、エラ蓋を開閉しながらエラを通過させて酸素を取り込みます。
しかし、マグロにはその機能がほぼなく、口を開けて泳ぎながら海水を強制的にエラに流し込むラム換水という方法を使います。
つまり、マグロは泳ぎを止めてしまうと必要な酸素を十分に取り込めなくなるため、常に遊泳状態を維持しなければならないのです。
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もう一つの大きな特徴は、高い代謝量を維持するための局所的恒温性です。
魚類の多くは外部環境の水温に体温が依存する変温動物ですが、マグロのなかでもクロマグロ属(太平洋クロマグロや大西洋クロマグロ、ミナミマグロなど)は筋肉内に発達した赤筋と、その周辺にある網状の微細な血管網によって熱を逃がさずに蓄えることができます。
これにより、海水温が低めの地域でも赤筋周辺の体温を外洋水温より高めに保ち、高速の持久泳動作を可能にするのです。
ところが、エネルギーを生み出すには大量の酸素と栄養が必要となるため、結果的に酸素消費量・カロリー消費量ともに非常に高くなります。
大型個体になればなるほど、その量は一層増大するともいわれています。
マグロの赤筋は、持久力に優れた長距離走者の筋肉と例えられます。
赤筋では脂質とタンパク質が大量に消費され、しかも非常に活性の高い代謝反応が起こるため、海中を泳ぎ回る際の燃費が悪くなるわけです。
さらに、遊泳を止めると呼吸さえままならないという制約がある以上、絶えずエネルギーを使い続けることになるのは当然の帰結でしょう。
とくに赤身部分の多いクロマグロの仲間ほど(太平洋クロマグロ、ミナミマグロなど)、脂質の利用効率やタンパク質摂取のバランスに大きく依存し、高い成長や長距離回遊をこなします。
このような高代謝と局所的恒温性がもたらす「常時・高速遊泳生活」は、マグロの活動範囲を広げる一方で、餌に含まれる栄養要件を格段に高めることにもなりました。
マグロの養殖場などでは、低水温下でも飼料の摂取量が減少したり成長が止まったりするという観察結果がある一方、高水温期にはむしろ餌摂取量が10%を超えることもしばしば報告されています。
これほど顕著な季節変動や温度感受性が示されるのは、マグロの生理機能が水温と遊泳速度、さらには体格サイズによって多彩に変化するからにほかなりません。
マグロは「酸素を取り入れるために泳がざるを得ない」、「赤筋や血流システムで身体の一部を温め続け、冷たい海域でも活動を維持する」という特性によって、ほかの魚類とは一線を画すほどの高エネルギー消費生活を送っています。
こうした背景を知ると、私たちが普段口にしているマグロの刺身やお寿司も、驚くほどの燃費の悪い魚の結晶だということが感じられるでしょう。
FCRが示す「超大食漢」ぶり
マグロのエネルギー要求量の大きさは、飼育現場でのFCR(Feed Conversion Ratio)という数値を見ればさらに明確です。
FCRとは「魚を1.0kg成長させるために、何kgの餌が必要か」を示す指標です。
たとえば、FCRが2.0なら1.0kg増やすのに2.0kgの餌がいることになります。
多くの養殖魚では3以下が一般的です。
しかし、マグロの養殖においては10:1から15:1にも及ぶケースが報告されており、場合によってはそれ以上になることもあるといいます。
つまり、同じ1kgの増体を得るために、他魚種の数倍〜数十倍もの餌を与えなければならない可能性があるのです。
この値は、マグロが常時泳いで体温を維持するために膨大なカロリーを燃やしていることを如実に物語ります。
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では、なぜこれほどまでにFCRが高くなってしまうのでしょうか。
理由の一つは、マグロが外洋や低水温域でも高速遊泳を続けるため、基礎代謝量が他魚種を大きく上回るからです。
また、筋肉と内臓全体が常に高い酸素消費率を保つため、高脂質・高タンパクの餌を大量に取り込まないと体内のエネルギー需要を満たせません。
マグロのエネルギー需要を満たす際に注目されるのが、飼料中の脂肪酸組成です。
とくにマグロにはDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)といったn-3系の必須脂肪酸が重要で、これらを多く含む飼料でないと成長効率が極端に落ちるリスクがあります。
実際に、養殖業者はイワシやサバ、サンマなど脂肪分の多い小型魚やイカを中心に餌を与えたり、さらに飼料にビタミンやミネラル、リン脂質を添加して成長を促進したりする研究を継続的に行っています。
また、研究者たちは「そもそも生魚の切り身だけでなく、人工飼料でどこまで効率的に育つのか?」という問いを追究しています。
ミナミマグロの飼育では、長らく凍結したイワシ・サバなどを主要な餌とする方法が取られてきました。
しかし、これにはコスト面や輸送面などの課題がありました。
一方で、魚粉や魚油をベースに、さらに大豆由来のたんぱく質や植物性油脂などを加えた半湿潤タイプやペレットタイプの飼料開発が試みられており、すでに一部の研究では成長度合いが生餌と同等かそれ以上の成果をあげた例も報告されています。
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しかし、マグロほどの高速代謝魚だと、理想的なアミノ酸バランス・脂肪酸バランスを保つのが容易ではなく、未解決の技術課題も多いようです。
こうした中で特に注目されるのが、FCRの大幅な改善に向けた取り組みです。
仮にマグロのFCRを半分に抑えられれば、コスト削減や環境負荷の軽減、安定的な供給体制の確立などに大きく寄与します。
しかし実際には、マグロの餌を燃費だけで評価すると、どうしても数字が大きく、効率が悪く見えます。
これはマグロ特有の高い代謝と大きな活動量による宿命といえます。
だからこそ飼料研究は、超大食漢の体内にピタリと合う栄養設計を模索し続けているのです。
魚粉自体の品質にこだわるだけではなく、DHA・EPA比率の高い魚油や、免疫・抗酸化機能を高めるためのビタミンE・Cの添加量など、細かな調整が鍵を握ると考えられています。
今後はマグロ養殖における効率的かつ持続可能な餌の開発はますます重要性を増していくでしょう。
高品質なマグロの需要は日本だけでなく欧米やアジア各国でも拡大しつつあります。
この需要に応えるために、より低FCR・高成長を実現する飼料技術の確立が必須であり、各国の研究機関や水産企業が盛んに新技術を模索しています。
マグロは高速遊泳と体温維持という特異な生態をもつため、他の魚と比べても圧倒的にエネルギー消費量が大きく、その結果として大量の餌を必要とします。
FCR(飼料要求率)の面でも非常に高い数値が示され、「超大食漢ぶり」が際立つ生き物です。
こうした燃費の悪さこそがマグロ特有の持久遊泳と力強さを支える源ですが、一方で経済的・環境的な持続性の課題でもあります。
今後も私たちがマグロを手軽に楽しみ続けるためには、FCRを下げるための革新的な飼料開発や養殖技術の進歩が重要なテーマになるでしょう。
マグロの止まらない生態に寄り添う栄養設計こそが、未来の食卓を左右する大きな鍵となりそうです。
参考文献
An updated Review of Tuna Growth performance in Ranching and Farming Operations
https://www.ccsbt.org/system/files/CC12_BGD02_AU_Farm%20growth.pdf
元論文
Tuna nutrition and feeds: current status and future perspectives
http://dx.doi.org/10.1080/10641260902752207
ライター
岩崎 浩輝: 大学院では生命科学を専攻。製薬業界で働いていました。 好きなジャンルはライフサイエンス系です。特に、再生医療は夢がありますよね。 趣味は愛犬のトリックのしつけと散歩です。
編集者
ナゾロジー 編集部