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チンパンジーの雄は交尾したいときに秘密のジェスチャーで雌を誘う


フランスの研究所によると、チンパンジーのオスは、交尾を望む際に独自のジェスチャーでメスにサインを送ることが発見されました。これらのジェスチャーは「目立たず相手の注意を引く」ために使われ、コミュニティごとに異なる「方言」として機能しています。しかし、人間の活動、特に密猟により、こうしたジェスチャーが消失しつつある現実も明らかになりました。特に北コミュニティでは、「拳でコンコン」というジェスチャーが消え、生存オスの減少が原因と考えられています。この影響は、チンパンジーの文化的多様性の危機を示し、人類の文化保護の必要性を再認識させます。

チンパンジーでも恋には秘密があるようです。

フランスのマルク・ジャネロ認知科学研究所(ISC MJ)で行われた研究によって、チンパンジーのオスたちは交尾したい時に、コミュニティ独自の方法と頻度で特定のジェスチャーをメスに送っていることが示されました。

研究者たちは、インタビューにてこれらはどれも「目立ちすぎずに相手の注意を引く」性質を持ち、ときには「こっそり交尾」を望む場面にも使われる可能性がある点に言及しています。

チンパンジーの秘密の交尾にも、暗号のようなジェスチャーが使われている可能性を考えると、人間的な側面を感じざるを得ません。

また、今回の研究では人間によるチンパンジーの密猟が、この独自のジェスチャー体系を破壊し、チンパンジーの文化を消滅させていることも示されました。

担い手の消滅と文化の途絶は、人間社会にみられる現象と共通しています。

しかし、チンパンジーのオスたちは具体的にどのような方法で秘密の暗号を送っているのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年2月3日に『Current Biology』にて公開されました。

目次

  • チンパンジーたちの性の作法
  • 人間はチンパンジーの文化も破壊している

チンパンジーたちの性の作法

チンパンジーの雄は交尾したいときに秘密のジェスチャーで雌を誘う
チンパンジーの雄は交尾したいときに秘密のジェスチャーで雌を誘う / Credit:Mathieu Malherbe et al . Current Biology (2025)

野生のチンパンジーは、道具を使った採食方法や身だしなみの取り方など、コミュニティごとに異なる行動パターンを持つことが知られています。

こうした違いは、人間社会における「文化」に近いものと考えられ、研究者はこれを「チンパンジー文化」と呼ぶことがあります。

例えば、ある地域のチンパンジーは木の棒を使ってハチミツを採るのに対し、別の地域のチンパンジーは葉を使うなど、同じ目的でも各地で方法が異なります。

特に、交尾前のジェスチャーにおいては興味深い事実が判明しています。

過去の研究では、チンパンジーの雄が「こっそり」交尾を行う現場が観察されてきました。

たとえば、ジェーン・グドール(Jane Goodall)やフランス・ドゥ・ヴァール(Frans de Waal)の報告には、下位の雄がアルファ雄の目を盗んでメスと交尾するケースが記録されています。

これはしばしば「隠密交尾(sneaky mating)」とも呼ばれる行動であり、グループの優位な雄が交尾機会を独占するため、下位の雄は目立たないようにメスから離れた場所へ移動したり、静かな合図を使って交尾を試みたりします。

さらに、メスも交尾時に「copulation calls」を抑え、周囲にばれないように協力する行動が報告されています。

人間もチンパンジーも、秘密裏に交尾を行う傾向があるのです。

こうしたチンパンジーの多様なコミュニケーション手段――特にジェスチャーや声――は、生まれつきの本能だけでなく、仲間同士の「社会的学習」を通じて身につけられることが指摘されています。

一方、今回の研究では、雄が交尾を誘う際に使うジェスチャーが複数のコミュニティにまたがって幅広く調査されました。

調査では、31頭のオス(12歳以上)を対象に、交尾勧誘ジェスチャーを「いつ」「どのように」行ったかが詳細に記録されました。

最終的に、計495回の交尾勧誘ジェスチャー(copulation solicitation gesture)が観察されました。

そのうち、交尾勧誘に明確に関わるイベントは454回にのぼります。

また、観察対象となったジェスチャーはすべて「物体を使って音を鳴らす」という共通点があり、以下の4種類に分類されました。

枝揺らし(ブランチ・シェイク:Branch shake):枝を揺らして音を立て、メスの注意を引きます。

かかと落し(ヒール・キック:Heel-kick):かかとで地面や木の幹を叩いて、コンコンと音を出します。

拳でコンコン(ナックル・ノック:Knuckle-knock):指の関節(ナックル)で硬い表面を叩き、軽いノック音を出します。

葉バリバリ(リーフ・クリップ:Leaf-clip):葉をちぎってパリパリという音を出します。

これらのジェスチャーはどれも「目立ちすぎずに相手の注意を引く」性質を持ち、ときには「こっそり交尾」を望む場面でも使われると考えられます。

さらに、コミュニティ間で使用されるジェスチャーの頻度には明確な差があることが明らかになりました。

北東コミュニティ: 「拳でコンコン」を多用し、交尾勧誘全体の約56%に該当します。一方で、「かかと落し」の使用頻度は他のコミュニティに比べて低くなっていました。

東・南コミュニティ: 「枝揺らし」や「かかと落し」を多用する一方、北東で頻繁に使用される「拳でコンコン」はほとんど観察されず、「葉バリバリ」も特定のオスが時折行う程度です。

北コミュニティ: 過去の観察では「拳でコンコン」が常習的に使われていたものの、本研究期間中は一度も確認されませんでした。その代わりに、「かかと落し」や「枝揺らし」が多く見られました。

さらに、研究チームはウガンダのソンソ(Sonso)地域の野生チンパンジー社会とも比較を行いました。

そちらでは、タイ国立公園で一般的な「Heel-kick」や「Knuckle-knock」は観察されず、代わりに「物叩き(object slap)」と呼ばれる両手で物を叩くジェスチャーや「葉バリバリ」を交尾勧誘の主要な手段として使用していることが分かりました。

これらの違いは、機能的には同じ目的(交尾勧誘)を持つジェスチャーでも、コミュニティごとに多用される種類が異なる、すなわちコミュニティ固有の“方言”が存在することを示す重要な証拠です。

しかし、今回の研究では悲しい事実も明らかになりました。

人間はチンパンジーの文化も破壊している

チンパンジーの雄は交尾したいときに秘密のジェスチャーで雌を誘う
チンパンジーの雄は交尾したいときに秘密のジェスチャーで雌を誘う / Credit:Canva

今回の研究では、各コミュニティのジェスチャーが長年にわたり追跡されました。

その結果、調査期間中に北コミュニティでかつて多用されていた「拳でコンコン」のジェスチャーが消失していることが明らかになりました。

この北コミュニティでは、1990年代から2000年代初頭までオス個体数の減少が顕著で、最後の成体オスである1頭(Marius)が2004年に密猟者に殺害された後、群れ内に十分な数の成体オスがいない期間が続きました。

その後、オスの数が回復しても、既に途絶えたジェスチャーは復活しませんでした。

研究者たちは、北コミュニティでの「拳でコンコン」の消失が、人口減少や雄の不在による学習機会の喪失によって生じた文化的多様性の喪失を示す例であり、今後のチンパンジー保護において極めて重要な意味を持つと考えています。

人間によるチンパンジーの殺害は、単に個体数を減少させるだけでなく、受け継がれてきた文化をも抹殺しているのです。

同様に、担い手の消滅による文化の途絶は、人間社会でも多く見られる現象です。

日本においては、明治時代以降に国家の一体性を重視する政策が進められた結果、アイヌ文化や言語の使用が抑制され、アイヌ語や伝統的な知識の伝承が大きく損なわれた事例が知られています。

こうした人間社会における文化の衰退と同様に、チンパンジーの世界でも担い手の消滅は大きな打撃を与えることが分かりました。

彼らにとってジェスチャーは、単なる習慣ではなく、コミュニティをつなぐ重要な「言語」として機能しています。

この研究は、遺伝的多様性だけでなく文化的多様性をも含む、総合的な保護の重要性を示唆しています。

今後は、森林伐採や密猟を防ぐだけでなく、野生動物の社会構造やコミュニティの学習環境を守ることが不可欠です。

私たちがチンパンジーの文化を守るためにできることは何か――この問いが、次世代の保護活動の方向性を示す鍵となるでしょう。

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元論文

Signal traditions and cultural loss in chimpanzees
https://doi.org/10.1016/j.cub.2024.12.008

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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