子供のころから「目をこすってはいけない」とよく注意されたものです。
では、なぜ目をこすってはいけないのでしょうか。
実は、その理由は角膜を傷つけたり、感染リスクが高まったりするだけではありませんでした。
昭和大学の安達直樹氏ら研究チームは、目をこするという「機械的刺激」そのものが、炎症性物質を生成するメカニズムを世界で初めて明らかにしました。
研究の詳細は、2025年1月6日付の科学誌『The Ocular Surface』に掲載されました。
目次
- なぜ「目をこすってはいけない」のか?
- 「目をこする」行為で炎症が生じるメカニズムを解明
- ラットでも確認!「目をこする」物理的刺激そのものが炎症の引き金になる!
なぜ「目をこすってはいけない」のか?
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眠たい時や目がかゆい時、つい無意識に目をこすってしまうかもしれません。
このような目をこする行為は、「細菌やウイルスによる感染」や「角膜を直接傷つける」リスクを高めると言われています。
では、これらのリスクに気をつけてさえいれば、目をこすっても問題ないのでしょうか。
これまでに研究によると、そうではないようです。
目をこすると、様々な目の状態が著しく悪化することが示唆されてきたのです。
例えば、「目をこする」という機械的刺激は、角膜の薄化や円錐角膜などの疾患と関連するほか、目の炎症を引き起こすリスクがあると分かっています。
しかし、機械的刺激そのものが目の炎症などを引き起こすことについて、その具体的なメカニズムは、これまで明らかにされていませんでした。
そこで、昭和大学の安達直樹氏ら研究チームは、培養したヒトの結膜上皮細胞とラットを用いた実験により、目に対する物理的刺激がどのように炎症を生じさせるか調べることにしました。
「目をこする」行為で炎症が生じるメカニズムを解明
ヒトの結膜上皮細胞に機械的刺激を与える実験により、炎症が生じる次のメカニズムが明らかになりました。
まず、目をこする(機械的刺激)と、目の表面を覆う「結膜上皮」の細胞(結膜上皮細胞)が物理的に引き伸ばされます。
この結膜上皮細胞には、「Piezo1(ピエゾ1)」という機械感受性イオンチャンネルがあります。
簡単に言うと、これは細胞膜に埋め込まれているタンパク質であり、圧力や引っ張りを感知すると開く性質を持っています。
そのため、目がこすられるとPiezo1が活性化して細胞膜に開口部ができ、その結果、細胞外のカルシウムイオンが細胞内に流入するようになります。
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では、細胞内にカルシウムイオンが流入するとどうなるのでしょうか。
細胞内のカルシウム濃度の上昇が原因で、「炎症の引き金」となる経路が連鎖的に活性化し、最終的に炎症性サイトカインと呼ばれるタンパク質の一種である「IL-6(インターロイキン6)」が生成されるのです。
このIL-6は体内で炎症が起きた時に免疫細胞や組織から放出されるもので、免疫システムの調整や炎症の制御に重要な役割を果たします。
しかし、過剰なIL-6の生成は、慢性的な炎症や自己免疫疾患の原因となります。
つまり、「目をこする」という機械的刺激には、Piezo1の活性化を通して、炎症性サイトカインIL-6の生成を促進する効果があったのです。
ラットでも確認!「目をこする」物理的刺激そのものが炎症の引き金になる!
研究チームは、「目をこすると炎症が生じるメカニズム」を、ラットの眼を使用した実験でも確認しました。
ラットの眼にPiezo1の活性剤を投与し、観察することにしたのです。
その結果、ラットの細胞では、炎症性サイトカインの増加と好中球の浸潤が観察されました。
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好中球とは、白血球の一種であり、主に細菌感染や炎症反応の最前線で活躍しています。
そもそも炎症とは、刺激や感染に対して引き起こす生体の防御反応の1つです。
生体にとって有害な異物を排除して、傷ついた組織の修復を助けるためのものなのです。
好中球にもその大切な役割がありますが、過剰に集まると逆に炎症が悪化し、組織の修復が遅れます。
そのため好中球は、「急性炎症の主役」でもあります。
ラットの実験では、Piezo1の活性により、炎症性サイトカインの増加と好中球の浸潤が見られました。
炎症性サイトカインIL-6には好中球の動員を促進する作用があるため、IL-6の増加によって好中球が過剰に集まったと考えられます。
この結果は、目をこするという行為が急性炎症反応を引き起こす可能性を科学的に裏付けるものとなりました。
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昭和大学の研究は、眼の結膜上皮細胞が、機械的刺激を感知し、炎症性物質を生成するメカニズムを世界で初めて明らかにしました。
「目をこすってはいけない」のは、単に感染や傷のリスクをさけるためだけではなかったのです。
「目をこする」という刺激そのものに、急性炎症反応を引き起こすリスクがあるのです。
同じリスクは、「コンタクトレンズの装着」といった機械的刺激にも共通するかもしれません。
そして、この理解は治療に応用することができます。
今後、Piezo1を標的にした「眼炎症の進行を抑える新しい治療法」が開発される可能性があるのです。
私たちとしては、次に目をこすりたくなった時、今回の研究結果を思い出すと良いでしょう。
目をこするのを我慢することで、自ら目の健康を守っていけるのです。
参考文献
どうして眼をこすってはいけないのか? 新たな理由を発見 ~機械的刺激が目の炎症を引き起こす仕組みを解明~
https://www.u-presscenter.jp/article/post-55432.html
元論文
Mechanoreceptor Piezo1 channel-mediated interleukin expression in conjunctival epithelial cells: Linking mechanical stress to ocular inflammation
https://doi.org/10.1016/j.jtos.2025.01.001
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部