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量子もつれを視覚化する「量子もつれ顕微鏡」を開発


量子もつれは、アインシュタインが「遠隔作用の不気味さ」と表現したように、離れた粒子間での強い関連性を示す現象です。この複雑な量子もつれを可視化する新技術として、香港大学の研究者たちが開発した「量子もつれ顕微鏡」が人目につきました。この新しいアルゴリズムは、ミクロなスケールでの粒子間のもつれを解析し、物質ごとのもつれのパターンやエネルギー変化におけるもつれの性質を可視化します。特に2次元モデルでのシミュレーションを用いて、異なるタイプの量子もつれ(短距離型や長距離型)を特定しました。この技術は、量子コンピュータや材料科学、さらには生物学や化学の分野での応用が期待され、量子技術の未来を照らし出す可能性があります。

私たちの目には見えないミクロの世界で、粒子同士がまるで「不思議な糸」でつながっているかのように強く関連する現象「量子もつれ」が存在します。

アインシュタインが「遠隔作用の不気味さ」と呼んだように、たとえ遠く離れた粒子同士であっても、それぞれの状態が同時に決まるような強い結びつきが保たれるという事実は、私たちの「常識」からかけ離れています。

量子力学が誕生して一世紀近く経つ今でも、この量子もつれをどう理解し、どう利用するかは、科学者をはじめとした多くの人々を悩ませています。

さらに、私たちがふだん目にする物体や、そこに存在する多数の粒子(多体系)では、量子もつれの性質が複雑に絡み合っていて、そのもつれた姿を「直接見る」ことは困難を極めていました。

言うなれば、霧の中に潜む複雑なネットワークのようなもので、どこにどんな結びつきがあるのかを、はっきりと把握できなかったのです。

しかし香港大学(HKU)で行われた数値シミュレーションと理論解析を中心とする研究により、この絡み合った「量子もつれを可視化(ビジュアル化)」する「量子もつれ顕微鏡」と呼ばれる新たなアルゴリズムが開発されました。

この技術は、以前は“見えなかった”もつれの微細構造を、「まるで顕微鏡をのぞき込むように」観察し、量子もつれの連鎖がどのように生じ、どのくらい離れた場所まで届き、何をきっかけに途切れてしまうのかをとらえる鍵となります。

実際、本研究で2種類の理論モデルを対象に量子もつれ顕微鏡を使用したところ、一方のモデルでは短距離の量子もつれしかなく、もう一方のモデルでは長距離の量子もつれが形成されていることが明らかになりました。

このように量子もつれを詳細に「可視化」する技術は、量子コンピュータや量子暗号、さらには量子生物学の分野においても大きな進歩をもたらす可能性があります。

もつれて絡み合ったブラックボックスの中身は、どんなものだったのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年1月2日に『Nature Communications』にて公開されました。

目次

  • 「量子もつれ顕微鏡」とは?
  • 物質によって「もつれかたの違い」があることが可視化された

「量子もつれ顕微鏡」とは?

量子もつれを視覚化する「量子もつれ顕微鏡」を開発
量子もつれを視覚化する「量子もつれ顕微鏡」を開発 / Credit:Canva

「量子もつれ顕微鏡」とは、多くの粒子が複雑に入り乱れている量子システムの中から、小さな部分(局所領域)を切り出し、その部分に含まれる量子もつれをはっきりと“可視化”するための理論的・数値的な手法です。

大規模な量子システム全体を調べるときは、その系全体のエネルギーなどのマクロな性質に注目します。

大きな視点に立つことで「全体としてのふるまい」や「マクロな性質」を把握が可能になります。

たとえば、温度を変えたときに系全体が相転移(固体と液体のような大きな状態変化)を起こすかどうかや、超伝導や磁性体のように全体が特別な性質を示すかどうかを知りたい場合、システム全体を見なければわかりません。

しかしマクロな視点からでは「どの粒子が、どんな粒子と、どれくらいもつれているか」というもつれの細かい構造までは見えてきません。

そこで登場するのが「量子もつれ顕微鏡」です。

量子もつれを視覚化する「量子もつれ顕微鏡」を開発
量子もつれを視覚化する「量子もつれ顕微鏡」を開発 / Credit:clip studio . 川勝康弘

マクロな視点だけでは見えなかった、“一部の粒子だけがどのようにもつれているのか”というミクロなつながりを直接解析するために、この手法が必要とされました。

この手法の核となるのが、大規模な量子システムを“無数のスナップショット”の形でランダムサンプリングする量子モンテカルロ法と、小さな領域の量子状態を表す部分密度行列(RDM)の復元という計算技術です。

名前だけ聞くと難しく感じますが、本質は極めて単純です。

イメージとしては「巨大なゾウを顕微鏡で部分的に観察し、断片的な情報から全体像を推測する」と言えばわかりやすいでしょう。

量子モンテカルロ法は前者の顕微鏡の役割を担っており、巨大な量子系をまるで写真のようにランダムに“スナップショット”を撮るようにサンプリングし、その結果を多数集めることで確率的な性質を推定します。

ゾウを丸ごと見るのは大変でも、小さく区切って何度も観察すれば、全体の特徴をつかめるのと同じ発想です。

そして続く部分密度行列(RDM)の復元では集めたスナップショットを数学的に整理し、「対象となる局所領域には、どんな量子状態が含まれているのか」を再構成します。

何千、何万回と続けられるモンテカルロサンプリングによって、細かな相関情報が蓄積され、そこから“ゾウ全体”の姿(ここでは量子系全体)を推測するのです。

量子もつれ顕微鏡は、これら2つのステップを組み合わせることで、特定の量子系の量子もつれがどんな性質にあるか、たとえば「短距離もつれ型」か「長距離もつれ型」かといった情報を、把握することが可能になります。

通常の顕微鏡のように目で見て観察するわけではありませんが、計算アルゴリズムによって“見えない情報”を整理し、実質的に可視化しているのです。

物質によって「もつれかたの違い」があることが可視化された

量子もつれを視覚化する「量子もつれ顕微鏡」を開発
量子もつれを視覚化する「量子もつれ顕微鏡」を開発 / Credit:HKU Physicists Pioneer Entanglement Microscopy Algorithm to Explore How Matter Entangles in Quantum Many-Body Systems

今回の研究では、「量子もつれ顕微鏡」を使った数値シミュレーションにより、2次元の代表的な2つの理論モデルを詳しく調べました。

1つ目は、短距離で急激にもつれが消える「イジング模型」です。

イジング模型は、簡単に言うと「スピン同士が揃いたがる性質」と「外部磁場によってスピンが回される性質」のせめぎ合いで成り立っています。

シミュレーションの結果、2次元のイジング模型では「ごく近いスピン同士はもつれているが、少し離れると急に(数値上ほぼゼロになるほど)消える」ことが確認されました。

これは、声を張り上げても近くにいる人にしか届かず、少し離れただけで会話がまったく途切れてしまうようなイメージです。

「さっきまで密にやりとりしていたのに!」と驚くほど、わずかな距離の差で、もつれという“会話”がプツリと途切れてしまう現象を、研究者たちは「突然死(サドンデス)」と呼んでいます。

また、温度が上がるほど、このもつれが消える距離がより短くなる傾向も見られました。

2つ目は、遠くまでゆるやかにつながる「フェルミオン模型」です。

電子などの「フェルミオン」が相互作用する系では、イジング模型とは対照的に、距離が離れていくにつれ“ゆるやかに”もつれが減っていくことがわかりました。

たとえるなら、舞台袖にいる音楽バンドが一斉にセッションをはじめると、ステージが広くても何とか演奏のリズムを保っているような感じです。

距離が大きいほど合わせるのは難しくなるものの、完全には途切れずに“なんとか同期”しているわけです。

さらにこのフェルミオン模型では、高温になってもイジング模型ほど急激に“もつれがゼロになる”現象は起きず、温度や相互作用の条件次第で比較的長くもつれを保つ様子が確認されました。

これはフェルミオン特有の性質(パリティ制限など)と深く関係していると考えられています。

これらの結果から、異なる種類の量子系では、もつれの広がり方や消失の仕方に大きな違いがあることが示されました。

「一部の粒子同士しかもつれていない」短距離集中型のパターンか、「離れた位置でもなんとかもつれが残る」長距離持続型のパターンかという区別は、量子物質の本質を解き明かすうえで非常に重要です。

粒子自体の種類だけでなく、粒子間のもつれパターンの違いを理解すれば、量子コンピューターや量子ネットワークの設計をより効果的に行う指針が得られます。

さらに量子もつれ顕微鏡を使えば、システムの一部を“拡大”する形で、その「もつれの度合い」や「もつれが切れる境目」をピンポイントで把握可能です。

これにより、もつれを最大化したり、壊れやすい部分を補正するための設計策が立てられます。

目がふさがっていては手探りでしか電子回路を作れませんが、目が開かれていれば細部を確認しながら組み立てられるように、量子もつれを可視化できるメリットは非常に大きいのです。

量子もつれ顕微鏡の開発は、人類に量子の世界で目を開かせる、第一歩と言えるかもしれません。

今回示された成果は、量子コンピュータや量子通信に限らず、材料科学や生物学、化学などの広い分野にも深く関わると期待されています。

たとえば、光合成の不思議なほど高い効率性にも量子もつれが影響しているという説があり、その実態が解明されれば、さらに高度なエネルギー変換技術が生まれるかもしれません。

新しい特性をもつ“量子材料”を設計するときにも、材料内部のもつれ分布を理解することは欠かせません。

このような分野横断的な応用は、量子もつれが可視化されなければ困難でした。

量子もつれは、アインシュタインの時代から物理学者を魅了してきたテーマで、現代の量子技術を支える核心とも言えます。

それが今、複雑なネットワークの向こう側にある量子の世界を、こんなにもはっきりと「のぞける」時代が来たのです。

今後、私たちが目にする量子技術の未来は、量子もつれ顕微鏡を通して鮮やかに照らし出されることでしょう。

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参考文献

HKU Physicists Pioneer Entanglement Microscopy Algorithm to Explore How Matter Entangles in Quantum Many-Body Systems
https://hkucms.hku.hk/press/news_detail_28079.html

元論文

Entanglement microscopy and tomography in many-body systems
https://doi.org/10.1038/s41467-024-55354-z

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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