ドラクエの世界では多様なモンスターが勇者たちの行く手を阻む敵として登場します。
そのなかにはスケルトンやゴーストのような現実世界ではお目に掛かれそうもないファンタジックな敵だけでなく動物系、植物系、ドラゴン系など生物系の姿も数多くみられます。
生物学を学んでいると、ふと気になることがあります。
彼らはドラクエの世界でどのようにして誕生し、進化してきたのでしょうか?
物語やゲームのモンスターに、いちいち学問的な難癖をつけることはナンセンスです。
その結論は大抵「あり得ない」に収束するからです。
そこで今回は、ドラクエ世界のモンスターたちの存在をまず全面的に認め、彼らがその姿や能力を獲得した経緯を、最新の研究結果をもとに予想することにしました。
読者の皆さんには、ドラクエ世界のモンスターが考察され続ける過程の中で是非、生物学者の目を体験してもらいたいと思います。
今回の第一章では、勇者の友と言えるスライムを生物学者の視点から分析したいと思います。
また明日以降の第二章ではドラクエ世界でスライムがいかに成功者になったのか、第三章ではスライムの進化の系譜を探りたいと思います。
目次
- 第一章:見た目からはじめるドラクエ生物学
- 目の配置からわかるスライムの生態
第一章:見た目からはじめるドラクエ生物学
ドラクエ世界のスライムは単細胞生物ではない
ドラクエのスライムはしずく型をした半透明の生き物として描かれています。
大きさは諸説ありますが、一般的には30cmから40cmほど体の中央部には眼球と口が存在しており、勇者一行への攻撃手段は体当たりがメインとなっています。
また幾つかの資料では、スライムは「ピキィーーー」という甲高い声を上げることが知られており、作品によっては言語を話す個体も確認されています。
生物学者の目を持つと、この単純な事実からでも多くのことがわかります。
それをまとめたのが上の図になります。
ドラクエ世界のスライムは独立した目と口を備えるだけでなく、跳ね回るための筋肉、鳴き声を上げるための声帯、そしてそれらを制御する神経系あるいはそれに類するシステムが存在していると考えられます。
スライムを巡る議論に「彼らが単細胞生物であるか多細胞生物であるか」というものがありますが、このような複数種類の異なる組織(目、筋肉、神経など)を持つ動物というのは、ほとんどの場合、多細胞生物であると考えられます。
上の図に示すように、単細胞生物のゾウリムシにも、眼点と呼ばれる目に類似した部位や、細胞口と呼ばれる口腔を思わせる穴が開いているのが知られています。
しかしスライムの目は作品によっては人間の目のようにクルクル目玉部分が動く様子が描かれており「眼球」の存在が伺えます。
ゾウリムシの眼点が比較的単純な光の検知を行うのに対して、眼球は網膜に物体の形を投影することで、物の形や色を認識できるようになります。
スライムが光の明暗を感じ取る眼点ではなく眼球を持っているのも、地上生活を行う上でより高性能な眼球のほうが有利だったからでしょう。
またゾウリムシの細胞口は基本的には大きさを変えられませんが、スライムの口は大きく開閉させることが可能です。
スライムの口の周りには他の陸上動物と同じように形を制御するための筋肉組織が存在しているからでしょう。
また発声には筋組織や弾性組織を備えた器官(喉や声帯)およびそれを振動させるための呼吸様システム、つまり気体を通す気管に類する構造が必要です。
この点から、スライムは外観こそ簡素なゼラチン質生物のように見えますが、口の奥には意外と複雑な構造(空気を溜める気嚢的な空間、筋肉で制御される弁構造、音を増幅する共鳴腔など)が隠されているかもしれません。
また発声ができることは、単に生理機構だけでなく、意思疎通や仲間とのコミュニケーションの可能性も示唆します。
先にも述べたように、作品によっては言語的な発話が可能なスライムが確認されているとのことから、外部刺激に対する神経制御が高度に発達していることが考えられます。
これは単なる肉食・捕食戦略だけでなく、縄張り形成や求愛行動、群れでの集合行動(キングスライム化など)に繋がる社会的戦略の存在を暗示します。
このような違う機能を持つさまざまな器官を、単一の細胞だけで再現するのは現実的ではありません。
目、口、筋肉、神経、声帯など高度に役割分担された部位を持つには、それ専門の細胞を作ったほうが効率的です。
現実の世界にも巨大な単細胞生物が存在するのは確かです。
たとえば世界最大の単細胞動物として知られる有殻アメーバーの一種は最大で数十センチにもなることが知られています。
またオオバロニアと呼ばれる海藻の一種も人間の目玉サイズになる巨大な単細胞を持っています。
同様の巨大単細胞植物としてはスーパーの海産物コーナーや野菜コーナーなどで売られている「海ぶどう」が存在します。
しかし彼らの体を調べてみると、どの部位を切り取ってもおおむね同じ構造をしており、目や口、筋肉など多様な器官に分化している様子は見えません。
また現実世界に存在する巨大な単細胞生物のほとんどは水中生活をしており、スライムのように意思をもって動き回ることはできません。
しかし見た目からわかることは、もっとあります。
次は生物学者の目を通して、見た目だけからスライムの生活様式(生態)を解明したいと思います。
目の配置からわかるスライムの生態
スライムをはじめて見た人々は、スライムの半透明の体に興味を引かれることになるでしょう。
しかし生物学者ならば、スライムのある部分に着目することで一般の人々を超えた情報にアクセスすることが可能です。
それは目です。
スライムの目は左右2つあり、そのどちらもが前方配置になっています。
目が2つあるのも、それが前を向いているのも当たり前と思うかもしれませんが、そうではありません。
目の数や目の配置は、その生物の生態と密接に結びついているからです。
たとえば草食動物の馬や牛などは目の配置が顔の左右に大きくはなれており、幅広い視野を持っていることが知られています。
特に一部のインコなどでは、人間の耳にあたるような左右の極めて離れた位置に目を配置しています。
これは捕食者を警戒するのに広い視野が有効だからです。
一方で、ライオンやトラのような捕食動物の目は、前方に集中して配置されており、左右の目の視野が重なるようになっています。
視野が重なることで物体を立体的にみることが可能になり、獲物までの距離感を把握しやすくなるのです。
猫が獲物にとびかかる前に顔を上下させるのは、左右に加えて上下の見え方を知ることで、より距離感を掴みやすくするためと考えられています。
この目の配置による分類は、哺乳類だけでなく鳥類にもみられます。
草食性のハトなどは目が左右に分かれて配置されていますが、肉食性のタカやフクロウなどは前方に集中配置されています。
ではスライムの場合はどうでしょうか?
スライムを見ると、その目は顔の全面に集中配置されており、捕食者寄りとなっています。
このことからスライムが移動や跳躍による捕食戦略を持つ可能性が浮かび上がってきます。
立体視により距離感を正確に掴むことで、小動物や昆虫状の獲物へ跳びかかる、正確なタイミングで突進するなどの行動が可能になるからです。
このことからスライムたちは自然界において、非力な狩られる側ではなく、狩る側としての側面も持つことを示唆しています。
同じ結果は口の形状からも導き出すことが可能です。
目と同様に口の形は、その動物がどんな食生活を送っているかを教えてくれるからです。
肉食動物の場合には、顔に比して大きな口の切れ込みを持つ傾向があります。
これは獲物を捕らえ、一度に多くの肉を食べるために有効だからです。
特にヘビなどの丸呑み系の捕食を行う動物では、自分の顔を大きく上回るほどの大口を開けることが可能です。
一方、草食動物の口の開きは比較的小さくなっています。
ライオンの口とウサギの口を比べると、口の大きさと顔の比率の違いが際立つでしょう。
そして雑食動物の場合は、両者の中間の口の大きさを持つと考えられています。
ここでスライムの口を見てみると、その大きさがよくわかります。
スライムの口の左右の長さは顔……いえ、体全体と比べても巨大です。
ドラクエのスライムの設定には「植物を食べる」「雑食性である」との両方の記述がみられますが、目と口の特徴は彼らが単なる草食動物ではなく、ある程度の捕食行動を行う可能性を示しています。
設定と併せて考えると、スライムの本当の食性は「雑食性」と考えられます。
雑食性は、「なんでも食べる」生態戦略を採用することで環境変化に対応する柔軟性を備えることができます。
ではスライムが捕食行動を行うとしたら、その狩りのスタイルはどんなものになるのでしょうか?
サバンナにいるチーターやライオンのように、狩りをするのでしょうか?
残念ながら、それはあまり考えられません。
手足がないスライムにとって長距離にわたり逃げる獲物を負い続けるのは困難です。
しかし希望はあります。
肉食動物の狩りのスタイルの中には「待ち伏せ型」というものも存在します。
その代表的な存在は「猫」です。
猫はネズミなどの存在を検知すると、巣穴の前や物陰に潜み、獲物が間合いに入った瞬間に素早くとらえます。
長距離の追跡が難しいスライムが捕食行動をするとなれば、猫のような待ち伏せスタイルをとることになるでしょう。
半透明な体の利点を生かして環境に溶け込み、前方配置した目で獲物が射程圏に入ったことを確認すると、跳躍を行い、巨大な口で一気に飲み込むわけです。
こうして、スライムの見た目に注目してみると、その内部には多細胞生物としての複雑な構造や、高度な感覚能力、さらには捕食者としての戦略までもが潜んでいる可能性が見えてきました。
「単純でかわいい」だけでは語れない、スライムという存在の奇妙さ、奥深さを感じることができたのではないでしょうか。
しかし、これでスライムの謎がすべて解けたわけではありません。
今回取り上げたスライムの生態的背景は、その生物学的特性をより深く掘り下げるための入り口にすぎません。
次回は「成功した生物スライム」と題して、なぜスライムがドラクエ世界においてあれほど豊富なバリエーションを持ち、数多くの個体が生き残っているのか、その生存戦略や環境適応の巧みさに迫ります。さらに、その次の回では、「スライム進化の系譜」として、スライムがどのような祖先から分化し、どのような進化の道筋をたどってきたのか、他の生物群との関係性を考察し最終的にはスライムの先祖の姿を探り当てたいと思います。
あの倒すとやたらレベルアップする金属の話もやっていきます。
それでは次回をお楽しみに!
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部