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2024年イグノーベル賞受賞研究で打線を組んでみました


痛いプラセボ、平和の象徴搭載ミサイル、視覚を持つ植物……

今年も「笑って考えさせる」をテーマにしたイグノーベル賞の授賞式が執り行われ、日本人を含む10の奇抜な研究にかかわった人々に栄誉が送られました。

今回はそれら10の研究を「打線を組んでみた」形式で紹介するとともに、その中で特に興味深いもの5つについて深堀して解説を行っています。

目次

  • 2024年のイグノーベル賞で打線を組んでみました
  • 平和賞:ミサイルの中にハトを入れて誘導する研究
  • 植物学賞:一部の植物には視覚があり隣の植物の形状を模倣している
  • 生理学賞:多くの哺乳類は肛門で呼吸できる
  • 生物学賞:牛の背に立っている猫の横で紙袋を爆発させる研究

2024年のイグノーベル賞で打線を組んでみました

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2024年イグノーベル賞受賞研究で打線を組んでみました/Credit:Canva . 川勝康弘

医学賞:副作用が苦痛なプラセボのほうが高い効果がある

「良薬は口に苦し」ということわざについて、一度は疑問に思ったはずです。

良薬、つまり薬の効き目がいいことと苦さのレベルには論理的な結びつきがないからです。

しかし受賞研究では、苦痛を伴う副作用を引き起こすように設計されたプラセボは副作用がないプラセボに比べて効果的であることが示されました。

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カプサイシン入りのプラセボはより強い効果を与えます/Credit:Canva . 川勝康弘

実験にあたってはまず、熱によって痛みを与える装置が用意されました。

次に被験者たちに痛み止め成分が入った点鼻薬を服用してもらい、痛みがどの程度緩和されたかが調べられました。

しかし実際に使われた点鼻薬には痛み止め成分など入っておらず、唐辛子の辛味成分であるカプサイシンを含んだ点鼻薬と生理食塩水を含んだ2点鼻薬が使用されました。

すると被験者たちは、カプサイシン入りの点鼻薬のほうが、優れた痛み止め薬であったと評価しました。

「良薬は口に苦し」を「良薬は鼻に辛し」に置きえた新しいプラセボ研究だと言えるでしょう。

カプサイシン入りの点鼻薬による痛みと実験装置による痛みをダブルで経験することになった被験者たちは気の毒ですが、彼らの献身によって人類の医学はまた一歩前進したようです。

平和賞:ミサイルの中にハトを入れて誘導する研究

冷戦時代、米ソ両陣営はミサイルの誘導性能の向上に必死になっていました。

そこでハーバード大学の行動主義心理学者であったバラス・スキナー氏は第二次世界大戦から1950年代にかけて、ハトを使った滑空ミサイルの誘導ができないかを試みていました。

具体的には、ハトを先端に格納したミサイルを飛行機で運び、目標近くで切り離してターゲットに命中させるという構想です

太平洋戦争では、人間が飛行機の誘導部品として使われる「特攻」が行われていましたが、その役割をハトに任せようというわけです。

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平和の象徴を使った誘導システム/Photograph: BF Skinner/PA

実験では60匹のハトに対して標的を認識する訓練を行い、ミサイル弾頭を模した飛翔体の中に入れて誘導できるかどうかが調べられました。

また訓練にあたってはターゲットの画像をつつくとご褒美としてエサがもらえる仕組みを取り入れました。

研究ではエサと学習成績の評価が行われており、麻の種を与えると最も誘導が上手くいく可能性が示されています。

もしこのシステムが第三次世界大戦で使われていれば「平和の象徴」であるハトを搭載したミサイルが戦場を飛び交う地獄絵図がうまれていたでしょう。

植物学賞:一部の植物には視覚があり隣の植物の形状を模倣している

3番目に紹介するのは、植物に視覚がある可能性について言及した「植物学賞」になります。

論文の著者であるジェイコブ・ホワイト氏とフェリペ・ヤマシタ氏は当初、熱帯雨林に生えているギンバイカと呼ばれる低木の研究をしていました。

ギンバイカの葉は船型の形状をしており、先端に向けて細くなっています。

しかし研究者たちがよく観察してみると、ギンバイカの葉だと思っていた葉の一部が、B. trifoliolata(ボキラ・トリフォリアータ)と名付けられた「つる植物」から生えていたことに気が付きました。

通常のB. trifoliolataの葉は3つ股に別れた形状をしていることが知られており、ギンバイカの船型の枝分かれの無い葉とは大きく形状が異なります。

そこで研究者たちはその日の探索をB. trifoliolataに集中することにしました。

すると驚くべきことに、発見されたB. trifoliolataの約半分が、巻き付いている宿主の葉や、隣接する植物の葉に似た形状をしていることを発見します。

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黄色の矢印がB. trifoliolataはそのとなりの植物の葉に擬態している/Credit:Ernesto Gianoli . Trend in Plant Science (2017)

上の図の黄色の矢印で示したものがB. trifoliolataです。

よく見ると、B. trifoliolataの隣にある植物の葉に似た構造に変化していることがわかります。

擬態の精度はそこまで高くありませんが、単一の植物がここまで多様な葉の形態をとることは驚きです。

そこで研究者たちは、B. trifoliolataには植物特有の単眼を介した視覚システムがあると考え、プラスチックの葉を使った実験を行うことにしました。

もしB. trifoliolataが植物ホルモンをはじめとした生化学的な方法で擬態を行っているのならば人工的なプラスチックの葉を真似ることは不可能なはずです。

無生物のプラスチックは有用な揮発性物質を放出したりしないからです。

一方、B. trifoliolataが視覚的な方法を採用している場合、プラスチックの葉でも問題なく擬態ができるはずです。

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プラスチックの葉をB. trifoliolataはどのように認識してるのだろうか?/Credit:Jacob White &Felipe Yamashita . Plant Signaling &Behavior (2020)

結果、B. trifoliolataはプラスチックの葉を見事に模倣していることが判明。

研究者たちはB. trifoliolataは近くの植物の葉の形状を視覚的に検知することで模倣を達成していると結論しました。

植物に目のような仕組みがあるとする主張に対して多くの植物学者たちから意義が唱えられていますが、生きていないプラスチック葉の形状を模倣するには、視覚情報以外に説明のしようがないのも事実です。

ただ視覚情報を処理して擬態を達成するには、視覚情報を処理する脳のような複雑な情報処理システムが必須です。

一部の研究者たちは植物の根が神経回路のように情報処理を行っていると主張していますが、詳しいことはわかっていません。

もしB. trifoliolataの模倣の仕組みが視覚的なものであることが実証されれば、イグノーベル賞ではなくノーベル賞が贈られることになるでしょう。

生理学賞:多くの哺乳類は肛門で呼吸できる

医療の現場において、患者の肺に酸素を送り込む「人工呼吸器」は必要不可欠な存在です。

近年では、患者の血液の中に高濃度の酸素を溶け込ませて供給するECMO(エクモ)なども開発されましたが、体への負担が大きく改善の余地がありました。

このような負担を減らすため、日本の東京医科歯科大学と大阪大学で教授を務める武部貴則さんらの研究チームは新たな酸素供給方法として、ドジョウなどが行っている腸呼吸に着目しました。

ドジョウは酸素が少ない環境に置かれると、エラだけでなく腸でも呼吸を始めます。

彼らは酸素不足に反応し、肛門付近の腸組織を変化させることで、効率的に酸素を取り込めるのです。

もし人間でも同じように肛門からの腸に向けての酸素供給が可能であれば、肺と腸の両方での人工呼吸が実現し、患者に対してより効果的に酸素を供給することが可能になります。

そこで研究チームはマウス、ラット、ブタなどの哺乳類における腸呼吸の可能性を探ることにしました。

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高濃度の酸素を肛門から注入している様子/Credit: Takanori Takebe et al., Med(2021)

調査にあたってはまず、動物たちを低酸素状態に置き、次に高濃度の酸素が溶け込んだ液体に体を浸し、肛門から体内に酸素を送り込みました。

するとテストした全ての動物の血中酸素濃度が大幅に増加し、何もしなかった動物と比べて生存時間が数十分単位で伸びていることが確認できました。

研究チームは大量の酸素を解かせるフッ素化合物を利用して、近いうちに臨床試験を行う計画だと述べています。

生物学賞:牛の背に立っている猫の横で紙袋を爆発させる研究

最後に紹介するのは「牛の背に立っている猫の横で紙袋を爆発させる」研究です。

その目的はミルクの噴出量を調べるためでした。

全ての哺乳類において母乳分泌は種の存続にかかわる重要な機能です。

そこで1939年の研究者たちは、母乳が分泌されなくなる条件に恐怖が含まれるかどうかを調べることにしました。

現在では牛でも人間でも安定した精神が母乳分泌において重要であることが常識になっていますが、1939年の段階では学術的な情報が不足していました。

そこで研究者たちは「牛の上に猫を立たせ、紙袋の破裂音を2分10秒ごとに繰り返し聞かせる」という方法で牛に対して恐怖を与えることにしました。

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Credit:Canva . 川勝康弘

結果、怯えた牛たちはミルクの出が悪くなることが判明しました。

また研究を続けるなかで猫の存在は不要だと判断され処分されました。

牛や猫に対する扱いが酷いと思うかもしれませんが、当時の動物愛護意識はまだ低く、研究者自身が冷酷だったわけではありません。

それに研究の是非を未来人の目から判断することは決して褒められたことではありません。

現在研究者たちが真面目に行っている動物研究の中にも、未来の人々からみて「牛の上に猫を立たせて紙袋を爆発させる」と同レベルと判断されるものが出てくるかもしれないからです。

逆に現代の知識では半分ネタに思われていた研究が、未来では大きな評価を受ける可能性もあります。

もしかしたら近い将来、イグノーベル賞から本物のノーベル賞が選出されるかもしれません。

全ての画像を見る

参考文献

The 2024 Ig Nobel Prize Winners
https://improbable.com/ig/winners/

元論文

How Side Effects Can Improve Treatment Efficacy: A Randomized Trial
https://doi.org/10.1093/brain/awae132

Pigeons in a pelican.
https://psycnet.apa.org/doi/10.1037/h0045345

Boquila trifoliolata Mimics Leaves of an Artificial Plastic Host Plant
https://doi.org/10.1080/15592324.2021.1977530

Mammalian Enteral Ventilation Ameliorates Respiratory Failure
https://doi.org/10.1016/j.medj.2021.04.004

Factors Involved in the Ejection of Milk
https://doi.org/10.1093/ansci/1939.1.80

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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