身近に、いつも笑顔で明るく、幸せそうな人はいないでしょうか。
もしそんな人を見て、「どうしたらそんな風に楽しそうに暮らせるんだろう?」と考える人がいるとしたら、今回の研究はその疑問に答えをくれるかもしれません。
カナダ・ケベック大学モントリオール校(UQAM)の最新研究によると、常に幸福度の高い人は情熱を傾ける趣味などがあるわけではなく、特に面白みはないが生活に必要な仕事を楽しんで取り組める点にあることが明らかになりました。
趣味がないとか、目標がないから日々の生活がつまらないと考えてしまいがちですが、幸福感に重要な要素はそうなことではなかったようです。
研究の詳細は2024年5月17日付で心理学雑誌『Motivation and Emotion』に掲載されました。
目次
- 心理的な「幸せの鍵」はどこにあるのか?
- いつも幸せな人の「心理的な姿勢」が明らかに!
心理的な「幸せの鍵」はどこにあるのか?
研究チームは以前から「なぜ一部の人は他の人よりも常に幸福度が高いのか?」という疑問に取り組んできました。
私たちが日々感じる幸福度は、心身の健康状態から社会的な出来事(「会社で昇進した」「プロポーズに成功した」「子供が生まれた」etc)に至るまで、様々な要因に影響されています。
その中でチームは「幸福度の高さは人生の”楽しい時”と”つまらない時”の両方にどう向き合っているか」が深く関わっていると思うようになりました。
「人生楽ありゃ苦もあるさ」と歌われるように、私たちの生活は楽しい出来事ばかりではありません。
日々の何気ない生活でも幸せに過ごしている人は、楽しい時だけでなく、つまらない時との接し方にも何らかの特徴があると考えられます。
そこでチームはこれまでの心理研究を踏まえて、次の2つの仮説を立ててみました。
常に幸福度が高い人は
(1)日常の楽しい活動において「調和の取れた情熱」を高いレベルで経験している
(2)日常のつまらない活動に対しては「自主性・自発性」を持って取り組むことができる
「調和の取れた情熱」とは?
まず1つ目ですが、心理学分野において「情熱」は次の2つに分けて考えられます。
一方が「強迫的な情熱(Obsessive passion)」で、もう一方が「調和の取れた情熱(Harmonious passion)」です。
「強迫的な情熱」とは、活動に対して向けられる情熱が過剰であり、もはや自分ではコントロールできず、意志と関係なく没頭してしまうような無理のある情熱を指します。
こうした情熱はむしろストレスや不安すらも引き起こしてしまい、仕事に支障が出て、家族や友人関係にも害悪が出る恐れがあります。
これと反対に「調和の取れた情熱」とは、活動に対して向けられる情熱がバランスよく人生全体と調和しているような状態を指します。
要は、自分が取り組む活動に十分な情熱を捧げている一方で、その情熱をちゃんとコントロールできている感覚があり、他の仕事や家族との時間にも悪影響を及ぼさないような情熱です。
どちらの情熱を持つかで幸福感は大きく左右されると考えられています。
つまらない時こそ「自己調節」の力が大事
2つ目の「自主性・自発性」は、心理学分野における「自己調節(Self-regulation)」という考えに含まれます。
自己調節とは、自分自身の行動や感情、思考をコントロールし、目的や目標に向かって自律的に行動するための能力を指します。
この能力は楽しい活動時にも役立ちますが、特につまらない活動や気乗りしない雑務に取り組む上でとても大切な能力です。
例えば、勉強や掃除、雑用など、やりたくもないし、情熱も湧かない作業を「学校や会社の決まりだから」と強制的・義務的にこなすのでは、いつまでもダラダラと続けてしまいますよね。
しかし、こうした気乗りしない活動を「自分の成長に繋がるから」とか「今終わらせておいたら後が楽になるから」とポジティブな理由をつけて、自主的・自発的に取り組めるのが「自己調節」の力です。
研究チームは、この「情熱」と「自己調節」に関する2つの仮説が正しいかどうかを検証しました。
いつも幸せな人の「心理的な姿勢」が明らかに!
今回の調査ではまず、幸福度が高い人が幸福度の低い人に比べて、日常の楽しく意義のある活動にどのような情熱を向けているかを調べました。
調査はアメリカとカナダで募集された409名の若年成人を参加者としています。
参加者は学業・好きな趣味・恋愛関係・友人関係という4つの人生活動(楽しく意義のある活動)に対する情熱を評価する質問に回答しました。
それと並行して、充実感・生活満足度・生きがいの3つの尺度による日常的な心理的幸福度も測定しています。
データ分析の結果、心理的幸福度が最も高い人(上位25%と定義)は、幸福度が低い人(下位25%)と比較して、4つの人生活動すべてに情熱的であり、特に「調和のとれた情熱」のレベルが有意に高いことが明らかになったのです。
これは仮説で予想された通り、楽しく意義のある活動に際しては、
・自分で十分にコントロールできるレベルの情熱
・活動に対してポジティブな感情や充実感が感じられる情熱
・他の生活や人間関係に支障がなく、無理のないペースで続けられる情熱
が幸福度の高まりに繋がっていることを示していました。
幸せな人は「自分を律する力」が高かった
さらにチームは別の調査で、幸福度が最も高い人々が家事や義務などの気乗りしない活動に対してどのように向き合っているかも調べました。
ここでも同じくアメリカとカナダで募集した516名の若年成人を対象としています。
参加者は先の調査と同じように、4つの人生活動に対する情熱のレベルと日常的な心理的幸福度を評価した後、気乗りしない活動に対する「自己調節」の程度も測定しました。
その結果、先と同じく、幸福度が最も高い人は4つの人生活動に情熱的であることが示されましたが、日々の雑用や勉強など、気乗りしない活動に対しては情熱を持っていませんでした。
つまり、幸福度の高い人たちであっても、つまらない活動に対してはちゃんと「つまらない、気乗りしない」と感じているようです。
ところが重要な違いは別にありました。
幸福度の高い人たちは、つまらない活動に対する「自己調節」のレベルが有意に高く、自主的・自発的に意欲をかき立てて取り組んでいることがわかったのです。
これは幸福度の低い人たちには見られない傾向でした。
両者の違いをわかりやすく言い換えると、「やらされている」か「やっている」かの違いになります。
幸福度の低い人たちは気乗りしない活動を「やらされている」という意識でこなしていましたが、幸福度の高い人たちは同じ活動を「自らやっている」という意識で取り組んでいました。
こうした「自己調節」の能力は、
・押しつけられたタスクの内に目標を見つけ出し、それを達成するための計画を立てられる
・怠惰や不安、怒りの感情に流されず、感情を適切にコントロールして、ネガティブな行動に結びつけない
・目先の欲求や誘惑を抑制し、長期的な利益を優先できる
・ストレスフルな状況にもリラックス法やポジティブ思考で対処し、心のバランスを保つことができる
などなど、常に精神面をポジティブに保つことに繋がります。
こうした「やらされている」か「やっている」かの意識の違いが、幸福度の差に現れているのかもしれません。
まとめ
以上の結果を踏まえて、研究チームは、
幸福感が常に高い人は
(1)日常の楽しみはほどほどに(必死になりすぎない)
(2)日常生活に必要な仕事(家事など)は楽しんで取り組む
ことが重要だったと結論しました。
無理に趣味や情熱の持てることを探せと言われても難しいですが、好きな音楽を聞きながら洗い物や掃除を楽しんだり、ちょっと凝った料理を作ってみたり、晴れた日に外で洗濯物を干してみたり、そんなことなら簡単に試せるかもしれません。
そしてそんな風に家事に取り組んでみるだけで日常で感じる幸福感は大きく変わる可能性が高いのです。
好きなことや目標に対して、人は必死になりすぎてしまうところがあります。逆に別にやりたくもないことはイヤイヤ取り組んでしまいがちです。
しかし大切なことは、趣味を見つけて頑張ることより、鼻歌でも歌いながら家事をすることなのかもしれません。
参考文献
Could this be the key to happiness? New research suggests so
https://www.psypost.org/could-this-be-the-key-to-happiness-new-research-suggests-so/
元論文
Who’s the Happiest and Why? The role of passion and self-regulation in psychological well-being
https://doi.org/10.1007/s11031-024-10069-y
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部