好きな映画のジャンルで、脳がネガティブ感情にどう反応するタイプかがわかるかもしれません。
独マルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルク(MLU)の研究チームは最近、257名の参加者を対象に「好きな映画のジャンル」と「ネガティブ感情に対する脳活動」を比較調査。
その結果、アクションかコメディー好きな人はネガティブ感情に敏感に強く反応し、犯罪/スリラーかドキュメンタリー好きな人はネガティブ感情にほとんど反応しないことがわかりました。
これは映画を観る楽しみが「感情体験」にあるか、「知的体験」にあるかの違いに起因する可能性があるとのことです。
一体どういうことか、詳しく見てみましょう。
研究の詳細は2024年6月4日付で科学雑誌『Frontiers in Behavioral Neuroscience』に掲載されています。
目次
- 「好きな映画ジャンル」と「脳の感情処理」に関係がある?
- 映画の楽しみが「感情体験」か「知的体験」かの違い
「好きな映画ジャンル」と「脳の感情処理」に関係がある?
19世紀に産声を上げて以来、映画は人々の娯楽であり続けています。
映画は長年の間、劇場でかかっているものを観に行く形態でしたが、現在は作品のディスク化やサブスクリプションのおかげで、好きなジャンルを好きな時間に好きなだけ楽しめるようになりました。
こうした流れの中で「鑑賞する映画のジャンルがだいたい決まってきた」という方も少なくないでしょう。
「スカッとするからアクション映画ばかり観ている」という方もいれば、「謎解きが好きだからサスペンス系しか観ない」という方もいるかもしれません。
その中で心理学者は以前から「好きな映画のジャンルと脳の感情処理に何らかの関連性があるのではないか」と考えていました。
というのも、脳の感情処理の仕方にその人固有のパターンがあるからこそ、特定のジャンルを好んで選んでしまうと考えられるからのです。
257名を対象に調査
そこで研究チームは今回、ドイツ在住の257名の参加者を募り、好きな映画ジャンルと脳活動との関連性を調べることにしました。
参加者の平均年齢は39歳で、男女比は男性129名・女性128名とほぼ半数ずつ、心身ともに健康な人々が選ばれています。
参加者にはアンケート調査で、ドラマ・アクション・ロマンス・コメディ・ホラー・犯罪/スリラー・SF/ファンタジー・ドキュメンタリーの8項目から好きなジャンルを回答してもらいました。
次に、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いて参加者の脳活動を記録します。
このとき参加者には、ネガティブ感情への反応パターンを調べるため「顔照合課題」を受けてもらいました。
このタスクは、目の前のモニターに怒りや恐怖、不安、悲しみといったネガティブ感情を表す人の顔画像が3つ提示され、画面下に別で提示された2つの顔のうちから、上部の3番目の顔と同じものを選ぶ課題です。
研究主任のエスター・ツヴィッキー(Esther Zwiky)氏は「この確立されたタスクによって、参加者の脳がネガティブ感情をどのように処理しているかがわかる」と説明します。
fMRIでは、情動反応の処理に深く関わっている「扁桃体(へんとうたい)」がチェックされました。
扁桃体は特に「恐怖」「不安」「緊張」「怒り」などのネガティブ感情の処理に関連することが知られています。
例えば、扁桃体が活発な人はストレスを受けた際に嫌悪感や不満、怒りなどのマイナス感情が起こりやすくなるのです。
「アクション・コメディー」と「犯罪/スリラー・ドキュメンタリー」に有意差
結果はとても興味深いものでした。
今回の調査では特に、アクション・コメディ・犯罪/スリラー・ドキュメンタリーのいずれかを好む人々において、ネガティブ感情の処理の仕方に有意差が見つかったのです。
具体的には、アクションとコメディーを好む人々では扁桃体が強く反応しており、ネガティブ感情を敏感に感じ取っていることが示されました。
対照的に、犯罪/スリラーとドキュメンタリーを好む人々では扁桃体の活動が著しく低下しており、ネガティブ感情をほとんど感じ取っていないことが示唆されたのです。
これらの結果は一体どのように解釈されるのでしょうか?
映画の楽しみが「感情体験」か「知的体験」かの違い
まずもって、コメディ好きな人たちがネガティブ感情に敏感であることは腑に落ちます。
恐怖や不安といった負の感情を敏感に感じ取ってしまうがゆえにホラーやスリラーが苦手になり、その真逆の笑いや喜びといったポジティブ感情を与えてくれるコメディ映画が好きになるのでしょう。
その一方で研究者らは、アクション好きがネガティブ感情に敏感であることは意外だったと話します。
アクション映画は、怒りや悲しみといった負の側面も含めた刺激的な感情を積極的に提供するジャンルだからです。
しかしこの点について研究者は「アクション好きは感情的な刺激の影響を受けやすいことで、逆に映画を楽しめるようになっているのかもしれない」と推測します。
例えば、アクション映画の多くは序盤に、敵に仲間を殺されたり、家族や恋人が誘拐されたり、極悪非道なラスボスの罠にかかったりと、ネガティブな出来事が必ず起こります。
このときに一度、怒りや恐怖を感じたり、憎悪や悔しい感情を強く抱いてドン底に落ちることで、クライマックスの展開にスカッとしたカタルシスが得られるのでしょう。
つまり、アクション好きはポジティブもネガティブも含めた「感情体験」にこそ、映画を観る楽しみを感じていると考えられるのです。
反対に、犯罪/スリラー好きには扁桃体の活発な活動が見られませんでした。
これについて研究者は「犯罪/スリラーのジャンルが好きな人たちは感情体験ではなく、知的体験に楽しみを見出している可能性が高い」と指摘します。
扁桃体の情動反応が見られないということはつまり、犯罪/スリラー映画を観る上で「犯人のサイコパス的な行動に怖さを感じる」とか「不条理な罠にはめられた主人公を不憫に思う」とか、そうした感情体験に楽しみを抱くことが主軸ではないのかもしれません。
それよりもむしろ、犯罪/スリラーを好む人は「犯人はどうやって完全犯罪を成し遂げたのか」とか「序盤から散りばめられた謎の伏線はどうやって回収されるのか」といった知的な謎解きに重きを置いていると見られるのです。
他方のドキュメンタリー好きに関してはもっとわかりやすいです。
彼らはフィクションに基づく感情の起伏を楽しむよりも、ノンフィクションで語られる現実の社会問題や事実を知ることにこそ、映画を観る楽しみを抱いているのでしょう。
扁桃体の活動が低かったのはこれが要因だと思われます。
以上の結果から研究者らは、アクションとコメディー好きは「感情体験」に、犯罪/スリラーとドキュメンタリー好きは「知的体験」にこそ映画の楽しみを抱いている可能性が高いと結論づけました。
その一方で、今回の研究はネガティブ感情への反応にのみ焦点を当てている点で限界があるといいます。
おそらく、ドラマやロマンス、SF/ファンタジー好きに脳活動の有意差が出なかったのも、これが一因として関わっていると見られます。
この研究はまだ、好きな映画ジャンルと脳活動の関連性の一面を解き明かしたのに過ぎません。
「アクションとドキュメンタリー、どちらも好きな俺はどうなんだ?」という意見もありますでしょうし、「オールジャンルを均等に好んで観ている」という方も少なくないでしょう。
こうした疑問に答えるには、引き続きの調査が必要なようです。
参考文献
Brain research: Study shows what your favourite film genres reveal about your brain
https://pressemitteilungen.pr.uni-halle.de/index.php?modus=pmanzeige&pm_id=5788
元論文
How movies move us – movie preferences are linked to differences in neuronal emotion processing of fear and anger: an fMRI study
https://doi.org/10.3389/fnbeh.2024.1396811
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部