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意外な盲点「薬の使用期限」が有人火星探査の最大の障害になる


SF映画『オデッセイ』では、有人火星探査を行っていた宇宙飛行士の1人が、アクシデントにより火星に取り残される様子が描かれます。

彼は冒頭に起きたアクシデントで負傷しており、自分の体に麻酔を打ち、セルフ手術することで何とか生き延びます。

こうしたシーンは、現実の長期宇宙ミッションや有人火星探査でも医薬品や手術が必要であることを思い起こさせてくれます。

そして最近、アメリカのデューク大学(Duke University)医学部に所属するダニエル・M・バックランド氏ら研究チームは、火星ミッションの最大の障害は食料よりも薬の使用期限であるという論文を発表しました。

薬の使用期限について、食べ物じゃないんだからあまり関係ないと気にしていない人は多いかもしれません。

しかし、薬は使用期限を過ぎると効果のない役立たずになってしまいます。

通常薬の使用期限は長くて3年ほどのため、有人火星探査などの長期宇宙ミッションでは、食べ物よりもむしろこの問題が最大の課題になる可能性が高いのです。

研究の詳細は、2024年7月23日付の科学誌『npj Microgravity』に掲載されました。

目次

  • 薬の有効期限が切れるとどんな問題が起こる?
  • 有人火星探査中、60%以上の薬の有効期限が切れる

薬の有効期限が切れるとどんな問題が起こる?

薬の使用期限が切れるとどうなる?
薬の使用期限が切れるとどうなる? / Credit:Canva

皆さんは、薬の使用期限を気にしているでしょうか。

食べ物と違って腐るものではないので、実のところあまり気にしていないという人は多いかもしれません。

では薬の使用期限とはどういうものなのでしょうか? その有効期限が切れるとどうなるのでしょうか?

薬とは化合物であり、こうした化合物の組成は時間とともに変化してしまいます。

そのため期限が切れた薬は、適正な量を用いても十分な効果が得られなかったり、場合によっては全く効果が現れなかったりするのです。

また薬の成分によっては、期限切れによって分解し、私たちの体に害をもたらす場合もあります。

例えば、テトラサイクリン系の抗生物質では、期限切れによって変性する恐れがあり、そのまま服用すると、ファンコニ症候群(尿細管の機能が低下する病気)が発生する恐れが報告されています。

地球上であってもこうしたトラブルは避けたいものですが、多くの制限が付きまとう宇宙や火星であれば、なおさらでしょう。

しかし長期宇宙ミッションにおいて、十分な量の医薬品を期限切れにせず管理するのは簡単ではありません。

地球とは異なり、宇宙ミッションでは簡単には物資の補充ができないからです。

では現状、宇宙ではどれほどの医薬品が用いられているのでしょうか。

ISSでは少なくとも106種類以上の薬が常備されている
ISSでは少なくとも106種類以上の薬が常備されている / Credit:Canva

NASAは、国際宇宙ステーション(ISS)で使用されている医薬品を公表しておらず、通常は、この疑問に答えることができません。

しかし今回の研究チームは、ISSの薬剤リストに関する情報を入手することができ、2023年の時点で、ISSには少なくとも106種類の医薬品が備えられていたという。

そしてこのうち91種類の薬については、有効期限を知ることもできました。

これらの中には、宇宙飛行士たちが比較的高頻度で使用する薬や、緊急時に必要な薬などが含まれていることでしょう。

ちなみに、宇宙飛行士がISSに滞在する期間は数カ月~半年であり、地球からも物資が度々補給されます。

ISSで働く宇宙飛行士たちは、医薬品の有効期限にそこまで敏感になる必要はないのかもしれません。

しかし、これが火星ミッションになると、話が変わってきます。

有人火星探査中、60%以上の薬の有効期限が切れる

地球から火星への道のりはかなり長く、片道の移動だけで約8カ月以上必要だと想定されています。

今回の研究では、ISSに常備されている医薬品が火星ミッションでも必要になると想定し、それらの有効期限と火星ミッションを達成するのに必要な年月を比べました。

その結果、ISSに備えられていて分析できた91種類の医薬品のうち、特定の鎮痛剤を含む54種類の有効期限が36カ月(3年)以下であると判明しました。

そのうち、アナフィラキシー治療薬1種類、抗生物質2種類、抗精神病薬1種類を含む14種類の薬剤は24カ月(2年)以内に有効期限が切れてしまいます。

火星ミッション中に医薬品の60%以上の有効期限が切れる
火星ミッション中に医薬品の60%以上の有効期限が切れる / Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部

そして研究チームによると、「最も楽観的な試算では、火星ミッションが終了する前に60%の薬が期限切れになり、最悪なシナリオを想定した場合では98%が期限切れになる」という。

重要な火星ミッションの最中に、効果の薄くなった薬を服用することや、期限切れの薬が原因で別の病気を発症してしまうことも避けたいものです。

このため、有人火星探査では最大の障害の1つが、薬の有効期限になると考えられるのです。

映画オデッセイでは、主人公が火星でじゃがいもを育てて食料問題に対処するシーンが描かれます。

酸素や水がないというのも大きな問題ですが、これらは単純な元素であるため、獲得するための方法や技術は様々なものが考案されています。

居住スペースについても渓谷や洞窟の利用などが提案されています。

実現性についてはまだ課題は多いでしょうが、これらの問題には解決策が示されています。

ただ、薬に関しては非常に種類が膨大であり、これを合成するためには専門の施設が必要で、また材料に様々な化合物が必要になります。

この課題に対処するには、十分な量の薬を持っていくしか方法はありませんが、その場合「医薬品の有効期限を延長する方法」を検討しなければなりません。

この点、バックランド氏は、「有効期限の長い薬を作るのに技術的な限界はないだろうし、現在の薬は、既に当局が定めた期限よりも長く保存できるかもしれない」と明るい見通しを語っています。

とはいえ、放射線などが飛び交う過酷な宇宙環境では、医薬品の効力が想定より早く低下する恐れもあります。

いずれにせよ将来的に火星に拠点を築くという状況を考えた場合、最も現地調達が困難なものの1つが薬になるのは確かでしょう。

現在、有人火星探査に向けて様々な研究が進んでいますが、こうした論文が今発表されるということは医薬品の有効期限は意外な盲点になってしまっているかもしれません。

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参考文献

Expiring Medications Could Pose Challenge on Long Space Missions
https://medschool.duke.edu/news/expiring-medications-could-pose-challenge-long-space-missions

Most Drugs Meant for Astronauts Expire Before Trip to Mars Ends, Scientists Say
https://www.zmescience.com/space/most-drugs-meant-for-astronauts-expire-before-trip-to-mars-ends-scientists-say/

Expiring medications could pose problem for Mars astronauts
https://www.theguardian.com/science/article/2024/jul/23/expiring-medications-problem-mars-astronauts

元論文

Expiration analysis of the International Space Station formulary for exploration mission planning
https://doi.org/10.1038/s41526-024-00414-3

ライター

大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。

編集者

ナゾロジー 編集部

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