ゴカイは魚釣りのエサに利用される生き物であり、魚たちには大人気です。
一方で、ムカデのようなキモい見た目と動きから私たち人間からは苦手意識を持たれてしまうことも少なくありません。
ところが最近、名古屋大学に所属する自見直人(じみ なおと)氏ら研究チームは、一般的に知られている姿とは全く異なった外見を持つ新種のゴカイを発見しました。
新しく発見されたこのゴカイは非常に美しく、毒を持つウミウシに擬態しており、これによって自分を食べようとする敵から逃れていたのです。
研究の詳細は、2024年7月29日付の科学誌『Scientific Reports』に掲載されました。
目次
- 魚たちの大好物「ゴカイ」
- ウミウシだと誤解させるゴカイを発見
- 毒を持つウミウシに擬態して魚たちから嫌われようとする「ケショウシリス」
魚たちの大好物「ゴカイ」
ゴカイは環形動物門多毛綱に属する動物の一種であり、砂浜や海など様々な場所に生息しています。
体長は5~12cmであり、ミミズのような細長い体と、疣足(いぼあし)と呼ばれる足のような突起をたくさん備えています。
色は薄いピンク色もしくは茶色であり、私たちが触るとウネウネとうごめきます。
魚釣りのエサとしてよく用いられますが、釣り初心者たちの中には、ゴカイを触るのが嫌で挫折する人も少なくありません。
そんなゴカイは魚たちには大人気であり、ゴカイにとって海の中は敵だらけの危険な場所です。
しかし、自見氏らが新しく発見したゴカイは、これまでの常識を覆すような新種でした。
彼らが三重県や和歌山県、そしてベトナムで調査を進めていたところ、常識はずれの形や色をした新属新種のゴカイを発見したのです。
このゴカイは、自見氏らによって「ケショウシリス(学名:Cryptochaetosyllis imitatio)」と名付けられました。
これは色鮮やかに自身を飾っていることに対する「化粧」と、ウミウシのように化けているという意味の「化生」の2つを掛けた命名とのこと。
では、新種のゴカイ「ケショウシリス」とは、いったいどのような生物なのでしょうか。
ウミウシだと誤解させるゴカイを発見
研究チームが調査する中で、新種のゴカイ「ケショウシリス」は、「ウミトサカ」と呼ばれるサンゴの仲間に共生していることが分かりました。
通常、共生性の生物は、自分の存在を隠すために宿主と似たような形や色をしていることが多いものです。
しかしケショウシリスは、宿主のウミトサカとは全く異なる色彩や形をしており、目立っていました。
このことを不思議に感じた研究チームは、彼らの生息地周辺を調べることにしました。
その結果、周辺にはケショウシリスに非常によく似たウミウシの仲間が生息していることが明らかになりました。
このウミウシたちは、「ミノ」と呼ばれる部分の先端に毒を溜め込むことで知られています。
そしてケショウシリスの非常に大きな触手は、このウミウシのミノにそっくりです。
比較画像から分かるとおり、大きな触手と小さな触手が交互に生えているところや、先端が白くなり、そこから少し離れた部位で色が濃くなっているところなど、様々な点で非常によく似ているのです。
ケショウシリスのこのような形質は近縁種では見られておらず、そのことは、このケショウシリスが「ウミウシに擬態するゴカイ」として世界で初めて発見されたことを示しています。
では、ケショウシリスは、どうしてウミウシに擬態しているのでしょうか。
毒を持つウミウシに擬態して魚たちから嫌われようとする「ケショウシリス」
擬態とは、生物が自分以外の環境や生物に形、色、におい、動き、音などを似せることで、生存していく上で利益を得る現象です。
これまで多くの昆虫で擬態の研究が行われてきましたが、海洋生物、特にゴカイの仲間においてはほとんど研究が進んでいません。
だからこそ、新しく発見された「ウミウシに擬態するゴカイ」は、注目に値します。
擬態には大きく分けて2つの種類があります。
周囲の葉っぱや木に自分を似せることで捕食者を惑わすものを環境擬態(crypsis)と呼び、毒を持つ生物特有の特徴を真似ることを標識的擬態(Signal mimicry)と呼びます。
今回のケショウシリスの触手の先端には毒が存在せず、まさに「見た目だけ」ウミウシを真似ています。
そのため研究チームは、ケショウシリスが「毒のあるウミウシに擬態することで、自身も毒があるように外敵に錯覚させている」標識的擬態をしていると考えています。
ただ、この標識的擬態にはさらに2つの種類が存在しています。
それがベイツ型擬態(Batesian mimicry)とミューラー型擬態(Müllerian mimicry)です。
ベイツ型擬態とは、毒のない生物が毒のある生物の見た目を真似して毒があるふりをする場合を指します。
一方、ミューラー型擬態は毒を持つ生物同士が似たような見た目になることで、捕食者に対する警告信号の効果を強化し、全ての有毒種の生存率を向上させようとするものです。
ケショウシリスは、まだ新種のため詳しく調査されていないだけで、体のどこかには毒を持つ可能性が残されています。
そうなると、ケショウシリスはベイツ型擬態ではなく、「毒がある生物同士が似た模様になる」ミューラー型擬態の一種だということになります。
(この擬態の種類に関する詳しい説明は、以下の記事で確認できます)
いまのところ、どちらの擬態の種類かは分かっていませんが、いずれにせよ、環形動物では非常に珍しい現象だと言えます。
そして私たち人間の感覚からすれば、ウミウシに似ている美しいケショウシリスは、一般的なゴカイよりも好まれるでしょう。
「人間から嫌われ、魚たちには好まれる」ゴカイが、ウミウシに擬態して「人間に好まれ、魚たちには嫌われる」というのは面白い話ですね。
今後、研究チームは、「ケショウシリスの遺伝子がどうなっているのか」「外敵はどのように捕食対象を認識しているのか」など、多くの点を解明していくと述べています。
参考文献
ウミウシ?いいえ、ゴカイです ~ウミウシに擬態する新属新種のゴカイを世界で初めて発見~
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2024/07/post-701.html
元論文
A new genus and species of nudibranch-mimicking Syllidae (Annelida, Polychaeta)
https://doi.org/10.1038/s41598-024-66465-4
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。