映画『猿の惑星』では、知能の発達したチンパンジーたちが人の言葉を流暢に話す姿が描かれていました。
チンパンジーが話すなんて現実にはあり得ないと思えますが、意外にもこれはフィクションならではのホラ話ではないのかもしれません。
スウェーデン王立工科大学(KTH)らはこのほど、古いビデオの研究を通じて、チンパンジーには人間の言語をちゃんと発音できる能力があることを発見したと報告したのです。
その衝撃的な映像では、チンパンジーが「ママ、ママ…」と話す様子が捉えられています。
研究の詳細は2024年7月25日付で科学雑誌『Scientific Reports』に掲載されました。
目次
- 「ママ、ママ」チンパンジーが人の言葉を発音!
- チンパンジーは人間の「話し相手」になれる?
「ママ、ママ」チンパンジーが人の言葉を発音!
SF映画の名作『猿の惑星』では、知能の発達した類人猿と人間の立場が逆転し、チンパンジーやゴリラが人々を支配するというストーリーが展開されます。
その中でも2011年から始まったリブートシリーズの第一作『猿の惑星 : 創世記』では、シーザーというチンパンジーが横暴な人間に対して「ノー!」と英語で雄叫びをあげるシーンが描かれていました。
ただ劇中の類人猿たちはアルツハイマー治療用の「ALZ112」という試験薬によって知能が発達したという設定です。
しかし、私たち人間はサルから進化しながら複雑な言語を実際に操っています。となるとサルたちにも言語を扱うための初歩的な能力があっても不思議はありません。
ではなぜヒトだけが複雑な言語を話せるようになったのでしょうか。
チンパンジーやオランウータンなど、一部の類人猿は単純な鳴き声による音声コミュニケーションを発達させていますが、私たちのように言語を発音することはありません。
それについて研究者らは、類人猿に音声言語を発音するための生理学的システム(喉や舌、唇の動き)がないか、あるいは音声言語を発するための脳の神経回路がないことに原因があるのではないかと考えてきました。
ただ、これらの主張に証拠があるわけではありません。
そこで反対に「類人猿には初歩的なレベルではあるものの、人間の言葉を発音する能力がある」と考える研究者たちもいます。
今回の研究チームもその可能性を探るために、ヒト言語を話している類人猿の映像を過去のアーカイヴから探しました。
その結果、チンパンジーが初歩的なヒト言語を発音できることを証明する3つのビデオが発見されたのです。
ここではそのうちの2つが紹介されています。
まず1つ目は、米フロリダ州にあるサンコースト霊長類保護区で飼育されていた「ジョニー(Johnny)」というオスのチンパンジーによるものです。
ジョニーは飼育員の女性から「ママって言える?」と聞かれたのちに、「ママ、ママ…」と何度も発音しています。
実際の映像がこちら。
驚いたことにジョニーは私たちと同じ発音で「ママ」と言っているように聞こえます。(調べによると、ジョニーは2007年に他界しています)
さらにチームは、イタリアで飼育されていた「レナータ(Renata)」というメスのチンパンジーが同様に「ママ」と発音しているビデオも発見しました。
この映像は1962年に公開された『『Now Hear This! Italians Unveil Talking Chimp』というユニバーサル・スタジオのニュースリールの一つだといいます。
レナータが「ママ」と話すシーンは30秒あたりからご覧いただけます。
この他の映像も通じて、チームはチンパンジーが「ママ」「パパ」「コップ」という初歩的な単語を発音できることを確認しました。
研究者はこれを受けて、「一部の類人猿には適切な状況下でヒトの言語を発音できる能力があることを示唆している」と述べています。
これと別にチームは、公平な立場の参加者がチンパンジーの発音をちゃんと聞き分けられるかどうかを検証する実験も行いました。
チンパンジーは人間の「話し相手」になれる?
この実験では参加者に対し、「パーキンソン病による発話障害を負っている人々が何と発音したかを書き留めてください」と指示してタスクに取り組んでもらいました。
それぞれの音声サンプルには簡単な単語のみが録音されており、その中に参加者には内緒で、ジョニーとレナータの発音を紛れ込ませています。
その結果、参加者たちはジョニーとレナータの音声がチンパンジーであることにまったく気付くことなく、彼らが「ママ」とちゃんと発音していることを聞き分けたのです。
これらの結果を踏まえて、研究者らは「これまで類人猿の発話能力は過小評価されてきましたが、チンパンジーのような少なくとも一部の類人猿は、ヒト言語の発声に必要な生理学的システムや脳の神経回路を備えていると考えられる」とまとめています。
こうした研究報告に対しては、この証拠だけでチンパンジーが言語を話しているというのは大げさではないか? オウムの方がもっと上手く発音するだろうが、と考えるかもしれません。
しかし、今回の報告で重要なのはチンパンジーが言語を理解して操っているという意味ではありません。
人間が使う言葉とは、音節の生成(子音と母音の組み合わせ)によって作られます。これには唇や喉、顎などの動きを総合的に組み合わせて制御する必要があり、そのための神経回路を脳が持っていなければそもそも音節を利用することは不可能です。
これまでの研究では、多くの学者がチンパンジーにはそもそも音節を作るための脳の神経回路がないと考えていました。
そのため今回の研究者たちは、これらの動画の証拠を元に「チンパンジーのような一部の類人猿は、ヒト言語の発声に必要な生理学的システムや脳の神経回路を備えている」ことを示そうとしたのです。
ここを勘違いしているとただのオカルト報告のように聞こえてしまうため、注意する必要があるでしょう。
類人猿たちにどの程度の音節生成の能力があるか、という点は人間の言語の進化を理解するうえでも重要な知見でしょう。
実際一部の類人猿は手話などを通じて、人の伝えたいメッセージを理解し、高いレベルでコミュニケーションを取れることが知られています。
怪しげな報告にも見えますが、人類の進化において音声言語への道を開いた要因はなんだったのか? この研究はその初期の要因を問う興味深いものでしょう。
参考文献
Videos Of Chimps Saying “Mama”Fuel Debate Around Speech Capabilities In Non-Human Apes
https://www.iflscience.com/videos-of-chimps-saying-mama-fuel-debate-around-speech-capabilities-in-non-human-apes-75308
Old videos of chimpanzees suggest they are capable of speech
https://phys.org/news/2024-07-videos-chimpanzees-capable-speech.html
元論文
Chimpanzee utterances refute purported missing links for novel vocalizations and syllabic speech
https://doi.org/10.1038/s41598-024-67005-w
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。