牛を抱きしめるだけです。
アメリカのニューヨーク大学(NYU)で行われた研究によって、牛を「ギュー」っとだきしめるなど牛と積極的に交流することが、人間の心にポジティブな変化をもたらすことが示されました。
また牛との触れ合いによる心の変化は女性のほうが大きく、牛たちもどちらかと言えば女性の被験者を好むことも明らかになりました。
オランダでは「牛を抱く」という意味の「Koeknufflen(クヌッフレン)」が独自の単語として存在しており、日本の「ネコ吸い」に比べて長い伝統があることが知られています。
研究内容の詳細は2024年5月22日に『Human-Animal Interactions』にて公開されました。
目次
- 牛を「ギュー」っとする抱きしめ療法
- 牛さんは圧倒的に大きいため人間のオサワリをあまり気にしない
牛を「ギュー」っとする抱きしめ療法
オランダでは古くからストレス解消法として、田舎の農場で牛と一緒に過ごすという風変わりな伝統があります。
オランダ人は牛と一緒に過ごしたり、ときには牛を「ギュー」っと抱きしめると心が疲れた心を癒す力があることを知っていたからです。
そのためオランダ語には「牛を抱く」という意味を持つ「Koeknufflen(クヌッフレン)」という独自の単語が存在するほどです。
さらに牛の抱きしめ療法の伝統は今でも続いており、オランダでは「Koeknufflen(クヌッフレン)」を体験できるプログラムが頻繁に提供されています。
日本では猫の体に鼻を押し付けて息を吸い込む「ネコ吸い」が癒しとして認知し始められていますが、「ネコ吸い」の歴史は浅く、一般に1つの単語として確立されておらず、医療サービスとして企業などの団体が大々的に提供することもありません。
そういう意味では牛をギューっとする「Koeknufflen(クヌッフレン)」が如何にオランダで重視され、多くの人々に愛されてきたかがわかるでしょう。
実際一部の人々は「Koeknufflen(クヌッフレン)」の重度のリピーターとなっていることも知られています。
これまでの研究により、精神保健の専門家たちの91.7%がアニマルセラピーが有効であると述べており、世界各地で実験的に導入され、大きな効果を上げています。
既存の研究では、痛み・うつ・不安・薬物乱用・自閉症などさまざまな状態に苦しむ人々の症状の改善に役立つことが示されています。
さらに統合失調症、情動障害、不安障害、および人格障害を患う 15 人の人間 (男性と女性) に対して牛や馬など農場動物を使用したセラピーでは、自己効力感(目的を達成するための力が自分にあると考えること)と、物事に適切に対処する能力の両方が大幅に改善したことが示されました。
大学受験や資格試験に何度も落ちて自分の力を信じられなくなっている人がいたら、農場に行って牛をギューっと抱きしめるといいでしょう。
(※農場主に許可なく牛ギューをするのは犯罪です)
また牛がセラピー効果を発揮する要因について専門家たちは、牛が社会的な動物であることが重要だと述べています。
精神疾患を抱える人々はしばしば社会関係にも問題をかかえているケースがあり、社会的に排斥されたり孤立してしまう人もいます。
しかしそんな人でも、牛の世話をしたり触れ合うことで、牛たちは人間を牛社会の一員として受け入れてくれます。
牛たちは記憶力が高く、自分を世話してくれた人のことはなかなか忘れません。
研究者たちは人間との社会的な問題を抱える人にとって、牛と社会的な関係を築くことがある種の社会復帰のリハビリテーションになる可能性があると述べています。
また人間には生まれつき弱い存在を世話しようという本能があります。
農場の牛にとって自分を世話してくれる人間は絶対的な強者と言えます。
強者の立場から弱者の立場である牛を世話することで、本能的に満足したり社会性の回復に効果が得られると考えられます。
強者に虐げられて人との関りが怖くなった人も、牛に対しての強者として振る舞うことで心理的なバランスをとれるかもしれません。
もちろん同様の効果は社会性を持つ動物として知られる犬でも、原理的には達成可能です。
しかし農場動物の牛とペットとしての側面が近い犬では違いもあり、体や動きも全く異なります。
そのため犬や猫でセラピー効果が得られなかった人にとって、牛が代替として機能する可能性がもあるでしょう。
しかしぬいいぐるみと違って牛たちは生き物であり、彼らの都合もあります。
しかし「Koeknufflen(クヌッフレン)」が牛たちにどのていどのストレスを与えているかはほとんど調べられていませんでした。
そこで新たな研究では牛との交流の効果と牛のストレスの両方を調査することにしました。
牛さんは圧倒的に大きいため人間のオサワリをあまり気にしない
牛と人間の交流は人間にどのような効果を与え、牛にストレスはあるのか?
調査にあたっては11人の被験者が集められ、1人あたり最低でも45分以上の交流が行われました。
実験に使われた牛は去勢された2頭のオス牛であり、人間との拘留中は自由に動けるようにしました。
また被験者たちは牛の写真を撮ったり、牛たちと物理的に接触することができました。
結果、ほとんどの被験者たちにとって牛を抱くことに精神的なメリットがあることが示されました。
また被験者たちは実験中に、牛たちから攻撃を受けなかったと報告しています。
牛たちは人間よりも遥かに大きいため、人間のはじめた物理的な交流、たとえばキスや抱きしめや撫でだりの多くを許してくれていると報告しました。
犬や猫など小さな動物は人間のキスや抱きしめを邪魔だと感じることがありますが、牛は体が大きいため人間の接触を脅威に感じていない可能性があります。
人間から接触を持っても許してくれるという部分は、セラピーにおいて重要です。
さらに牛たちは群れで暮らす性質があるためか、人間たちの傍から離れることはなく、常に1~3メートルの距離に留まりました。
この結果は、人間との交流が牛にとってあまりストレスになっていないことを示しています。
しかし研究では予想もできなかった事実も判明します。
牛との交流から受けた精神的効果を調べたところ、女性の参加者程大きな利益が得られていることが明らかになりました。
また牛のほうも比較的、女性の被験者のほうを好むことがわかりました。
研究者たちは「女性のほうが牛に対してより世話や給仕が多い養育型のアプローチをとる可能性が高い一方で、男性の交流スタイルは世話の対価として接触を求める取引的であったためだと」と述べています。
もし牛との交流でより多くの癒しを得ようと思うなら、牛に対してプライスレスな行動をとったほうがいいでしょう。
研究者たちは牛を使った治療が今後アニマルセラピーの補完的な手段になるだろうと述べています。
参考文献
Cows can be excellent therapy animals. But they seem to prefer women over men
https://www.zmescience.com/ecology/animals-ecology/cow-therapy-animals/
元論文
Cow cuddling: Cognitive considerations in bovine-assisted therapy
https://doi.org/10.1079/hai.2024.0016
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部