お酒なんて飲んでないのに、ごはんなど炭水化物や砂糖などの糖類を食べると酔っぱらってしまうという奇妙な病気があります。
自家醸造症候群=Auto-brewery syndrome(ABS)と呼ばれ、きわめてまれな病気ですが、かかると食事のたびに酩酊状態で、時には命に係わるほど血中アルコール濃度が上がってしまいます。
危険な病気ですが、まだ社会認知が低く、罹患者は飲酒運転でつかまったり、仕事をやめざるえなくなるなど大問題になってしまうケースも多いようです。
研究内容は2024年6月3日に「CANADIAN MEDECAL ASSOCIATION JOURNAL」に掲載されました。
目次
- 体の中でアルコールが作られる謎の病気
- 原因は細菌? おなかの中でビールができる!
- パスタを食べたら飲酒運転に! 危険なABS
体の中でアルコールが作られる謎の病気
ビールがおいしい季節になりました。今日のこの1杯のために仕事をしていたという人も多いのでは?
そんな酒飲みもビックリの病気があります。
自家醸造症候群(Auto-brewery syndrome:ABS)という病気は、体の中でアルコールができる病気です。
アルコールが自分の中で勝手にできると聞けば、こりゃ酒代が浮くわと浮かれるおじさんも多いでしょうが、ABSはそんなに生易しい病気ではありません。
カナダで50才の女性が急性アルコール中毒で7回も病院に担ぎ込まれました。この女性は休日にワインを1杯飲む程度で、普段はほとんどお酒を飲みません。
しかし2年前から、日中なのに異常に眠くなるようになったのです。眠気のために仕事ができず、転倒する有様です。
医者の診察を受けると、ろれつが回らず、吐く息からはアルコール臭がします。家族も本人も一切飲んでいないと言いましたが、医師はアルコール中毒と診断しました。
最初に救急車で運ばれた時、血中アルコール濃度は39(正常範囲<2)mmol/Lもありした。これはせん妄状態となって眠り込む、泥酔状態の時の血中アルコール濃度に等しいのです。
ただの酔いと違って、この異常に眠い状態は1週間以上も続き、その間は食欲もなく、仕事もできないそうです。
消化器内科で抗真菌剤の投与とともに管理栄養士から食事指導を受けて、食事を低炭水化物に切り替えたところ、即座に症状は消えました。
このような奇妙な症状がおきた原因は何なのでしょう?
原因は細菌? おなかの中でビールができる!
もっとも古いABSの記録は、1948年のアフリカだそうです。
アフリカ人5才の男の子が夕食にサツマイモを食べたところ、お腹の中で異常発酵を起こし、発生したガスの圧力で胃が破裂、アルコールが腹膜に放出されて死亡しました。それ以降、成人と子どもで数例が報告されています。
1972年に日本から酒を飲んでいないにもかかわらず酔った状態になっている患者2名の報告が出されたことで、体内でアルコールが作られる奇病の存在が広まりました。日本では酩酊症と名付けられたそうです。
ABSは腸内細菌叢などにアルコール発酵を起こす真菌類が紛れ込み、炭水化物や糖を使ってアルコール発酵を起こすと考えられています。
発症のきっかけは糖尿病や肥満、高炭水化物の食事、歯周病、クーロン病のような自己免疫疾患、開腹手術など非常に幅広く、いつどのような時に誰が発症してもおかしくない病気です。
ABSの原因菌と考えられているのは、口や女性器に感染症を起こす真菌類のカンジダ ・アルビカンスとパンやアルコール飲料の製造に使用されるビール酵母のサッカロミセス・セレビシエです。
サッカロミセス・セレビシエが原因なら、お腹の中でビールが作られるような状態になります。
ただ、原因菌は他にも存在している可能性があるようです。
例えば、カンジダ ・アルビカンスが原因の場合、彼らは口の中や膀胱内にコロニーを作るため、ABSを発症させる患部がお腹以外ということになります。
このためABSは患部が限定されないため、原因菌の特定が難しい病気なのです。
先に説明した50才の女性は尿路感染症のために抗生物質を長期間飲んでいました。また逆流性胃炎のため、制酸剤も飲んでいて、この組み合わせが腸内環境を乱したことが原因ではないかと考えられています。
パスタを食べたら飲酒運転に! 危険なABS
アメリカの自家醸造症候群患者の支援団体「Auto-Brewery Syndrome Advocacy and Research」では、ABSが社会に認知されることでABSにかかっている可能性がある人を助けることができると啓蒙を行っています。
ABSは奇病であり、滅多にかからない病気ですが、かかると社会生活が営めないほどのダメージを受けます。
例えば患者にまつわるエピソードには以下のようなものがあります。
2004年に大学へ通うために中国からオーストラリアへ引っ越してきた青年は、月に1度、何も飲んでいないのにひどく酔っぱらうようになりました。彼はアル中扱いされ、仕事も首になり、2011年に中国へ帰国することになります。
2014年、27才の彼は北京の病院に入院、集中治療室で治療を受けます。彼はただの炭酸水を飲んでいただけなのに意識を失い、病院に搬送されたときには、なんと肝臓が重度の脂肪肝になっていたのです。
これは過度の飲酒をしている人に見られる症状です。
また別のヨーロッパの男性では次のような事例もあります。
2023年、ベルギーの40才の男性が飲酒運転で捕まりました。このとき彼は法定制限の4倍を超えるアルコール濃度が検出されたのです。
飲酒運転で逮捕された当日、男性はABSの自覚がなく、パスタを食べただけでアルコールを一滴も飲んでいなかったため、なぜ酔っているのかが自分でも理解できなかったそうです。
結局、ABSと医師が診断、裁判所が無罪判決を出すまで1年もかかりました。この男性は鼻の手術をしたのが、ABSにかかったきっかけだったと後に判明しています。
酔いたくもないのに勝手に酔ってしまい、そのせいで社会的地位を失う病気なんて、なんとも恐ろしい病気があるものです。
参考文献
Her gut was producing alcohol. Doctors didn’t believe her
https://edition.cnn.com/2024/06/03/health/auto-brewery-syndrome-wellness/index.html
What is auto-brewery syndrome and how it happens
https://www.cbc.ca/news/health/auto-brewery-syndrome-1.7224258
What Is ‘Auto-Brewery Syndrome’? Man Whose Body Makes Alcohol Beats DUI Rap
https://www.newsweek.com/auto-brewery-syndrom-abs-body-alcohol-dui-1893887
Auto-Brewery Syndrome Advocacy and Research
https://www.autobrewery.org/
元論文
S2183 Auto-brewery Syndrome: Drunk on Carbohydrates
https://doi.org/10.14309/01.ajg.0000782264.48793.46
The Auto-Brewery Syndrome: A Perfect Metabolic “Storm” with Clinical and Forensic Implications
https://doi.org/10.3390/jcm10204637
Auto-brewery syndrome in a 50-year-old woman
https://doi.org/10.1503/cmaj.231319
ライター
川口友万: テレビや漫画、小説などの監修もやっています。 著書に「ラーメンを科学する」(カンゼン)、「あぶない科学実験」(彩図社)、「ヤバめの科学チートマニュアル」(新紀元社)など多数。 幽霊をたまに見るので、立場上、微妙な気分です。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。