自分の名前に使用されている文字は、一生のうち、最も使用頻度の高い文字であり、同時に愛着のある文字かもしれません。
だからこそ、「人の名前は、その人の人生や職業の選択に大きな影響を及ぼす」という仮説が存在します。
例えば、「川の堤防を作る仕事」に「堤さん」が就く、といった具合です。
この仮説について馬鹿馬鹿しいと感じる人も少なくないようですが、アメリカのユタ大学(The University of Utah)に所属するプロモテシュ・チャタジー氏ら研究チームは真剣に検討しました。
その結果、「人々は自分のファーストネームの文字列に似ている都市や職業を好む」ことが示されましたというのです。
研究の詳細は2023年5月25日付の学術誌『Journal of Personality and Social Psychology』に掲載されました。
目次
- 「名前が人生に影響を与える」という仮説
- 人は、自分の名前と似ている職業や都市を選択しやすい
「名前が人生に影響を与える」という仮説
自分の名前の文字は、「見る」「書く」「読む」「聞く」のいずれにしても使用頻度が高くなります。
私たちは自分の名前を呼ばれて育ち、自己紹介の際に使用し続けます。
自分の名前は、生まれてからいつの間にか、「単なる文字列」ではなく「自分の存在を瞬時に関連付ける愛着のある名称」になります。
では、使用頻度の高い自分の名前が、自分の性格や住む場所、職業などに影響を与えることはあるのでしょうか。
「座右の銘」を頭の中で繰り返したり、その言葉を壁に貼ったりして、自分の人生に影響を与えようとする人はいます。
そのことを考えると、同じくひたすら繰り返される自分の名前も人生に影響を与えるかもしれません。
一方で、「馬鹿馬鹿しい。いくら見慣れているとは言え、自分の人生が、名前に影響されるわけ無いだろう」と考える人もいるでしょう。
確かにその考え方も最もです。
問題は、現実の人々を見たときに実際に偏りがあるのかどうかという点です。
ちなみに、「名前が人生の選択に影響を与える」という仮説は「主格決定論(Nominative determinism)」と呼ばれています。
そして、この仮説に対しては以前から議論がなされてきました。
例えばそのような議論では、医者の名前が「Dr. Heal(「治す」の意)」である場合など、名前と職業が一致している例がしばしば取り上げられます。
研究者たちは、こうした一致や関連性が偶然なのか、それとも統計的に有意なのか探ってきましたが、一部の研究は説を立証し、別の研究では否定されるという状況が続いていました。
そこで今回、ユタ大学のチャタジー氏ら研究チームは、新たな手法でこの仮説を検証することにしたのです。
人は、自分の名前と似ている職業や都市を選択しやすい
今回、チャタジー氏ら研究チームは、「生涯でほぼ変更されない」という理由で、フルネームではなく、「ファーストネーム(氏名における名)」だけに焦点を絞ることにしました。
そしてTwitter(現X)やGoogleニュース、Googleブックス、コモン・クロール(世界中のサイトのアーカイブとデータセットを提供)のデータを、言語モデルを使用して分析しました。
これにより、膨大な数のファーストネームと、508の職業、1万4856の都市との関連性が明らかになりました。
結果として、すべてのデータセットで、「名前が職業や住む場所に影響を与える」効果が一貫して確認できました。
例えば、DennisさんはDentist(歯医者)になったり、Denver(デンバー。アメリカ・コロラド州の都市)に住んだりすることが多かったようです。
名前と職業名が似ていたり、名前と同じ頭文字の都市に住んでいたりすることが多いと分かったのです。
研究チームは、これらの結果は「偶然と言うよりもはるかに高い確率だった」と述べています。
しかも調査結果は数十年にわたって一貫しており、「この仮説の効果は20世紀を通じて安定して発揮されていた」とも述べています。
ちなみに、高等教育を受けた人は、名前や名前の頭文字が職業選択に与える影響が少ないことも分かったようです。
また女性も、名前と職業選択の影響が少なく見えるようです。ただし、女性のこの傾向は時代が進むにつれて縮まっているようにも見えると報告されています。
これらの傾向は、学歴が低かったり、女性であることが職業選択の自由を狭めるためではないかと予想されています。
近年は女性の社会進出が進み、女性の職業選択の自由も増えてきたため、名前が職業選択に与える影響も大きくなっている可能性があるのです。
今回の研究では、「名前が人生の選択に影響を与える」という仮説が、確かに現実にいくらかの影響を与えていることが示されました。
しかし、その効果は比較的小さな影響である点に注意が必要です。ほとんどの人は自分の名前とは関係のない職業につき、関係ない都市に住んでいます。
また今回の仮説と結果が、私たち日本人にどこまで当てはまるのかも分かりません。
特に「ファーストネームの頭文字」という観点では、それが漢字を指すのか、ひらがなを指すのかで大きく影響が変わってくるようにも思えます。
それでももしかしたら、「清さんが清掃業者になる」「絵美さんが絵本作家になる」などの関連性はあるのかもしれません。
もしこの効果が存在するのだとしたら、漢字は一文字でも意味を表すため、日本人や中国人の方が主格決定論の影響は大きい現れるかもしれません。
実際、「名は体を現す」という言葉も存在しています。古くからある格言やことわざは、メカニズムは不明でも昔から人が感じ取っている現象を現している場合があります。
また命名には、少なからず人の希望や願いが込められているはずですから、名前には親の期待が反映されているという考え方もできるかもしれません。
親が子供にどういう人になって欲しい、どういう職業について欲しいという希望を込めて名前を付けたなら、子供は当然幼いうちからずっとその意向を意識し続けることになるでしょう。
いずれにせよ、こうした効果の影響を考えると、親の責任は重大だと言えます。
親は子供の人生を考えて、真剣に命名してあげるべきなのです。
参考文献
The First Letter Of Your Name Could Impact Your Career, Research Says
https://www.forbes.com/sites/kimelsesser/2023/11/29/the-first-letter-of-your-name-could-impact-your-career-research-says/
New psychology research reveals surprising link between your name and your life choices
https://www.psypost.org/new-psychology-research-reveals-surprising-link-between-your-name-and-your-life-choices/
元論文
Does the first letter of one’s name affect life decisions? A natural language processing examination of nominative determinism.
https://doi.org/10.1037/pspa0000347
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部