シャカシャカと虫のように歩けるのでしょうか?
ポルトガルのグルベンキアン科学研究所(IGC)で行われた研究により、マウスの遺伝子を操作することで、性器になるはずだった細胞を追加の後肢に変換し、6本脚のマウスを作り出すことに成功しました。
これは生殖器の代わりに後肢を増加させたのだという。
足と生殖器にはなんの関係もないように思えますが、なぜそのようなことができたのでしょうか?
研究内容の詳細は2024年3月20日に『Nature Communications』にて公開されました。
目次
- 生殖器を犠牲にして追加の肢を作成する
- 生殖器と後肢の起源は同じ
生殖器を犠牲にして追加の肢を作成する
現在の四足動物の肢と生殖器がどのようにして発展してきたかについて、興味深い発見がありました。
これらの部分は、動物が住む環境に合わせて、効率よく移動したり、交配したりするために、多様な形に進化してきました。
新たに行われたマウスを使った実験では、肢と生殖器が、遠い昔の共通の起源から派生していること、さらに生殖器の元となる細胞にも、肢を作る能力をまだ持っていることがわかりました。
脊椎動物の体の作り方には、とても興味深い仕組みがあります。
体は頭から尾に向かって少しずつ作られていきますが、その過程には2つの大きな変わり目があります。
最初の変わり目では、頭の部分から体の中心部にかけての発達が始まり、生きていくうえで重要な機能を持つ多くの器官が作られ始めます。
次に、体の中心部から尾の方へと移り変わり、尾の発達が始まります。
この時、体の構造が大きく変わり、新しい細胞が特定の場所に移動して、体を伸ばしたり、器官を作ったりします。
例えば、神経系を作る細胞は、体の中央部から尾の方へ移動して、神経系をさらに発達させます。
また、血管を作る細胞は、最終的には足や体の周りの組織を形成することに関わっています。
消化器系や排泄系の出口部分を作る細胞は、最終的には直腸や膀胱、尿道の形成に役立ちます。
興味深いことに、足の発達と生殖器の発達は、制御の仕方が似ていることが分かっています。
足と生殖器が発達過程で密接に関連していることを示しており、実際に一部の動物では足と生殖器が共通の起源を持っている可能性があるのです。
哺乳類では、足の発達と生殖器の発達が別々になることで、足と外生殖器が形成されるようになりました。
一部の動物でペニスが左右の2本に分かれているのも、足との関連性があるのかもしれません。
そこで今回グルベンキアン科学研究所は、マウスのDNAを操作してTgfbr1と呼ばれる遺伝子の働きを阻害してみることにしました。
Tgfbr1は胚発生に関する沢山のシグナル伝達にかかわる受容体タンパク質の1つであり、この遺伝子の働きを削除することで、マウスの体がどのように変形してしまうかを調べることが可能になります。
ただTgfbr1は心臓形成に重要な役割を担っていることが知られており、受精卵の段階で操作してしまうと、胚発生が進まなくなってしまいます。
そこで研究者たちは体の後半部分でのみ条件付きでTgfbr1を不活性化することで、その後の手足の形成への影響を調べてみました。
すると驚くべきことに、外生殖器が消滅して代わりに追加の肢が出現した6本肢となることが判明します。
またTgfbr1の阻害には他にも、体表の形成異常を引き起こし、内臓器官が体外に露出してしまう変異もみられました。
骨格を分析したところ、新たに出現した脚は後肢としての特性を持っていることが判明。
しかしなぜTgfbr1を操作すると単に脚が増えるだけでなく、生殖器の喪失が起こるのでしょうか?
生殖器と後肢の起源は同じ
なぜTgfbr1を操作すると生殖器が後肢になってしまうのか?
答えを得るため研究者たちは生殖器になる細胞と後肢になる細胞の動きを注意深く観察しました。
すると通常のマウスではある段階に来ると排せつ器官周辺の細胞(中胚葉)のアイデンティティーが変化して、体の後方へ移動することで生殖器に変化するスイッチが入ることが判明。
またこの移動が行われることで、生殖器になる細胞と後肢になる細胞が別々の運命に入ることを可能にしていました。
しかしTgfbr1が操作された変異マウスでは、この排せつ器官周辺の細胞の運命が変化して後肢に組み込まれてしまい、追加の脚になっていることが示されました。
なお興味深いことにヘビやトカゲなどでは位置関係が逆となっており、後肢となるはずの細胞が一対の外生殖器に変化することが知られています。
(※ヘビのペニスは足のように左右に伸びています)
研究者たちはヘビの場合、本来は後ろ肢になるものが生殖器になった可能性があると述べています。
さらにTgfbr1がDNAに対してどんな制御を行っているかを調べたところ、興味深い事実が判明しました。
私たちやマウスの体では、肢や生殖器を作るためにさまざまな信号が発せられ、正しい位置に正しい器官が設置されるようになっています。
一方でTgfbr1はそれら信号の調節因子がDNAにアクセスできる場所を決定する役割があることが示されました。
つまりTgfbr1には調節因子がアクセスできるエンハンサー(調節領域)とアクセスできないエンハンサー(調節領域)を決定していたのです。
そして後肢と生殖器は同じ起源をもつもののTgfbr1が信号を適切に割り振ることで、別々の器官に変化していったのです。
Tgfbr1の阻害は、この精緻な信号割り振りシステムを混乱させ、結果として生殖器になるハズだった部位を追加の後肢に変えてしまいました。
研究者たちは今後、Tgfbr1が肢と生殖器だけでなく、免疫機能などもっと幅広い調節に関与している可能性があると述べています。
参考文献
Scientists made a six-legged mouse embryo — here’s why
https://www.nature.com/articles/d41586-024-00943-7
元論文
Tgfbr1 controls developmental plasticity between the hindlimb and external genitalia by remodeling their regulatory landscape
https://doi.org/10.1038/s41467-024-46870-z
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。