宇宙の錬金術は星を使って行われていました。
米国のミシガン大学(UMich)で行われた研究によって、古代の星が地球上に自然に存在するどの元素よりも重い、原子質量 260 を超える元素を生成する能力を持っていたことを発見しました。
この古代の錬金術は、星という宇宙の大鍋が爆発したり衝突するときに生じる膨大なエネルギーを使って、原子に大量の中性子を詰め込んで陽子に変化させ、金やプラチナを遥かに上回る超重元素を作成します。
研究者たちはこの新たな発見が、宇宙で質量数260以上の超重元素が生成されるレシピの一端を解明する糸口になると述べています。
今回はまず超重元素ができる過程を具体例を使ってわかりやすく解説し、次いで研究手法についても紹介していきたいと思います。
研究内容の詳細は2023年12月7日に『Science』にて掲載されました。
目次
- 宇宙は「星の生死」を使って錬金術を行っている
- 星の死によって原子核に中性子が詰め込まれる
- 古代の星々は原子質量260以上の超重元素をうみだしていた
宇宙は「星の生死」を使って錬金術を行っている
中世の錬金術では、さまざまな材料を反応させることで、鉄や鉛などの金属から金を生成することが目指されていました。
しかし現代技術の観点からすれば、錬金術の試みを成功させるには「元素を変換」させる技術がなければなりません。
つまり、鉄や鉛を構成する鉄原子や鉛原子の原子核そのものを金原子に変換する必要があるわけです。
これまでの研究によって、重元素の新たな生成には莫大なエネルギーが必要であるため、自然な惑星環境下で発生しえないことが明らかになっています。
地球内部の高温高圧ができるのも、せいぜい炭素を固めてダイヤにする程度であり、炭素を別の元素に変えるまでには至りません。
では、地球に存在する重元素たちはどこから来たのでしょうか?
その答えの1つは太陽のような恒星の核融合です。
太陽は核融合によってエネルギーを生成し、暗黒の宇宙に輝きを放っています。
このプロセスを簡単に言えば「2つの水素が核融合を起こして1つのヘリウムになる過程」と言えます。
また星が老化して燃料となる水素が枯渇してくると、次に「ヘリウムが核融合する」段階に入り、ベリリウムや炭素、酸素など、より重たい元素が生成されるようになります。
しかし星内部の核融合で作られる元素は鉄までとなっています。
鉄より軽い元素の核融合ではエネルギーが「放出」されます。太陽はこのエネルギーで輝いています。しかし鉄より重い元素を核融合させようとすると、周りからエネルギーを「注入」しなければならないからです。
つまり星が生きている間には、上の図の赤で囲った元素までしか生成されないのです。
この事実は、私たちの身の回りにある金やプラチナのような重元素は、ここまで説明した以外の「錬金術」によって作られたものであることを示しています。
そしてこの先のプロセスは、太陽よりも遥かに重い星の死が関わってきます。
星の死によって原子核に中性子が詰め込まれる
燃料を使い果たした星の最後は、星のサイズによって大きく異なります。
太陽の0.46~8倍程度の星の場合は、燃料を全て使い果たす過程でどんどん巨大化しながら冷えていき、やがてガスが周囲に飛び散って、最後には真ん中に核の部分だけが残った「白色矮星」になると考えられています。
一方、太陽の8~10倍の質量の恒星では超新星爆発が発生し、その中心部に中性子星と呼ばれる小さな星が生成されます。
もっと重かった場合は少し特殊で、超新星爆発は起こすものの中心部はブラックホールになってしまいます。
今回特に重要となるのは、白色矮星でもブラックホールでもなく中性子星の方です。
中性子星はその名の通り、ほとんどが中性子で構成されている超高密度の星であり、スプーン1杯(15ml)で巨大な氷河(75億トン)に匹敵する質量を持ちます。
これまでの研究によって、銀河系に存在する星系の多くは複数の恒星によって構成される連星系であることが知られており、中性子星同士が衝突する現象も報告されています。
重元素の生成では、重い星々の死に際に起こる超新星爆発と共に、この中性子星の衝突が重要になると考えられています。
先にも述べたように、どんなに巨大な星の圧力でも、鉄までしか作ることはできません。
しかし中性子星同士の衝突や超新星爆発はより巨大なエネルギーを生成することが可能であり、鉄よりもさらに重たい元素を一瞬で作ることが可能になります。
このプロセスはラピッド(早い)のRをとって「r過程」と呼ばれています。
何やら難しそうな用語ですが、原理は極めて簡単です。
中性子星同士の衝突や超新星爆発では膨大な数の中性子を放出する極端な環境を作り出します。
このような環境に原子核が存在すると、原子核内部に中性子が無理矢理詰め込まれる現象「中性子捕獲」が発生するのです。
原子核を家に例えるなら、周りに存在する高エネルギーかつ高密度の中性子がドアを突き破って家の内部に侵入してくる現象と言えるでしょう。
原子核にとっては迷惑な話であり、高エネルギーの中性子を詰め込まれた原子核は不安定化してしまいます。
この不安定な状況を打破するために原子核は主に3つの方法を使うことが知られています。
1つ目は多すぎる中性子を陽子に変えて、原子核内の陽子と中性子のバランスを保つ方法(ベータ崩壊)です。
たとえるなら、家の中に入り込んできた他人(中性子)を家族(陽子)として迎え入れて、家庭の混乱を収拾する方法と言えるでしょう。
この方法を採用すると、原子核内部で陽子の数が増え、周期表の分類において別のマスに移動することになります。
周期表の並びを支配する原子番号は「陽子の数」と同じになるからです。
2つ目の方法は、増えすぎた中性子を放出するよりシンプルなものです。
再び家で例えるならば、入り込んできた他人を家の外に蹴り出す方法と言えるでしょう。
3つめの方法は、分裂です。
増えすぎた住人(中性子)のために新しい家を用意して、そこに新たに陽子と中性子を割り振る方法となります。
ただ実際には、この3つの方法が同時に行われる場合があるため、最終的な質量数(陽子と中性子の合計数)は3つの方法のバランスによって決定されることになります。
そしてこれらプロセスでは、恒星の核融合と違って「鉄まで」のような制限はないため、金やプラチナ、ウランといった重元素を作り出すことが可能になります。
中性子星同士の衝突や超新星爆発の現場は、錬金術師たちが夢見てきた、卑金属を金に変えるという奇跡が実現している場だったのです。
中性子が詰め込まれる量が多ければ多いほど、安定化後に出現する原子質量も大きくなるため、最大値が大きいほどより豊富な重元素の母体となり得ます。
しかし、宇宙の錬金術(r過程)についてはまだ不明な点が多く、最大でどれほどの重さの原子が作られるのかといった基本的なこともわかっていませんでした。
そこで今回、ミシガン大学の研究者たちは、この謎を解明すべく新たな手法で星々を観察することにしました。
古代の星々は原子質量260以上の超重元素をうみだしていた
宇宙の錬金術(r過程)では、どれほどの重さの原子が作られるのか?
答えを得るため研究者たちは、r過程の研究で良く使用されている42個の初期の星々に含まれる元素を観察しました。
(※特にルテニウム、ロジウム、パラジウム、銀の比率が調査されました)
初期宇宙では、まだ大量の星が大量の核融合を繰り返し宇宙にばらまくという過程が進んでいないため、金属元素があまり存在していません。そのため非常に金属の欠乏した低金属星となっています。
ところが、こうした低金属星を調べるとなぜか重元素は含まれていることがあるのです。
こうした重元素はr過程で作られた元素であると考えられるため、r過程でどのような元素がどの程度作られるかということを調べる際に利用されるのです。
先に述べたように、r過程によって作られた中性子山盛りの原子は、その後の安定化によってより安定した質量の元素へと変化していきます。
そのため理論的には、星々に含まれる元素のパターンを調べることができれば、母体となる中性子山盛り原子の正体(質量)を調べることが可能となるはずです。
ただ単独の星からのデータだけでは十分な情報量にならないため、今回の研究では42個の星々の観測値をまとめて分析することにしました。
すると、特定の元素のパターンがあることが判明します。
それのパターンは銀やロジウムなど、周期表の中央付近にリストされている元素が、ベータ崩壊や中性子放出によってではなく、核分裂(3つ目)によって生成された重元素である可能性を示していました。
この結果は、r過程によって少なくとも分裂前に260以上の原子質量を持つ元素が生成されていた可能性を示しています。
研究者たちは、この260という原子質量について「非常に興味深い事実です。なぜなら、核兵器実験であろうと、宇宙や地球上の自然界であろうと、これほど重いものはこれまで検出されていなかったからです」と述べています。
もし原子質量260がr過程で生成される最大質量であるならば、その理由を調べることで、宇宙法則の最も基本的な部分を理解できるでしょう。
参考文献
Ancient Stars Made Extraordinarily Heavy Elements
https://news.ncsu.edu/2023/12/ancient-stars-made-extraordinarily-heavy-elements/
元論文
Element abundance patterns in stars indicate fission of nuclei heavier than uranium
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adf1341
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。