世界に広く分布するバンドウイルカの新能力が明らかになったようです。
ドイツのロストック大学(University of Rostock)とニュルンベルク動物園(Nuremberg Zoo)の研究で、バンドウイルカには「電場」を感知する能力が備わっていることが判明しました。
この能力は、獲物が発する微弱な電気を検出したり、地球の磁場を感知してナビゲーションに役立てている可能性があるとのこと。
イルカはどの部位で電気を感じ取り、具体的にどのように使っているのでしょうか?
研究の詳細は、2023年11月30日付で科学雑誌『Journal of Experimental Biology』に掲載されています。
目次
- イルカに電気を感知する能力はある?
- イルカの「電気センサー」はどこにある?
- 何のために電気を感じ取っているのか?
イルカに電気を感知する能力はある?
自然界にはデンキウナギやシビレエイのように、強烈な電気ショックを誘発できるポケモンみたいな生物がいます。
一方で、電気タイプではないヒトや他の生物たちも体を動かすことで常に微弱な電気を発しています。
こうした他の生物が発した微弱な電気を感知できる能力を「電気受容(Electroreception)」といいます。
電気受容はこれまでに魚類や両生類の一部で報告されており、哺乳類としてはカモノハシで確認されていました。
また約90種いるイルカの中では唯一、南アメリカの沿岸域にのみ生息する「ギアナイルカ(学名:Sotalia guianensis)」に同じ能力があることが2011年に判明しています。
しかしながら、最もよく知られたイルカの一種であり、世界中の海に分布する「バンドウイルカ(学名:Tursiops truncatus)」では電気受容の能力が知られていませんでした。
それゆえ、この能力がイルカに広く普遍的に存在するものだとは、科学的にも一般的にも指摘されてこなかったのです。
そこで研究チームは今回、飼育下にある2頭のバンドウイルカ「ドナ(Donna)」と「ドリー(Dolly )」を対象に実験をすることにしました。
イルカの「電気センサー」はどこにある?
ギアナイルカの研究で、彼らは口先に点在する毛穴(vibrissal cryptと呼ばれる)を使って、電気を感じ取っていることが分かっています。
イルカは一般に、生まれたときはこの毛穴からヒゲ(感覚毛)が生えているのですが、数週間のうちに抜け落ち、名残として毛穴だけが残されます。
これが電気受容のセンサーとなっているのです。
そこでチームは、ドナとドリーの毛穴も電気センサーとして働いているかどうかを検証しました。
実験ではまず、ドナとドリーに水中に設置した赤い的に鼻先をつけるよう訓練します。
その上部には電極がセットしてあり、ドナとドリーが赤い的に鼻をつけてジッとしている最中に、そこから電気刺激を発生させます。
ドナとドリーは電気を感知したら5秒以内にその場から離れるよう訓練されました。
逆に何の刺激も感じなければ、少なくとも12秒は同じ場所に留まるよう指示されています。
その結果、ドナとドリーは水中で大型の魚や甲殻類から放たれるのと同じ500マイクロボルトの電場を感知できることが分かったのです。
チームはその後の数日で、電場の強度を徐々に下げていきました。
125マイクロボルトに落としても、ドナとドリーは90%の精度で電場を検出することができました。
さらに強度を落としていった結果、ドナは2.4マイクロボルト、ドリーは5.5マイクロボルトまでなら感知できることが判明しています。
研究者によると、これはカモノハシが水中で感知できる微弱な電場と同程度だという。
この結果からバンドウイルカにも高い電気受容の能力があることが支持されました。
では、彼らは何のために電気受容を活用しているのでしょうか?
何のために電気を感じ取っているのか?
チームは最も可能性の高い使い途として、砂の中に潜む獲物を見つけるために電気受容を使っていると考えます。
1990年代から、バンドウイルカは海底の砂地に頭を突っ込んで獲物を探す「クレーター・フィーディング(crater feeding)」という採餌戦略を取っていることが明らかになりました。
(イルカのこの行動がクレーターのような穴を残すことからこの名前が付いている)
こちらがクレーター・フィーディングの映像です。
しかし、イルカたちがどうやって砂の中の獲物の居場所を探知しているのかが分かっておらず、これまでは「エコロケーション」に頼っていると考えられていました。
エコロケーションとは、超音波を発することで目に見えない獲物の位置を特定できる方法で、コウモリなどが得意とします。
ところが研究主任のティム・ヒュットナー(Tim Hüttner)氏は「イルカが砂地に頭を突っ込んだ状態では、超音波は散乱されたり阻害されてしまうのでエコロケーションが上手く機能しない可能性がある」と指摘します。
そこで今回の研究結果も踏まえ、イルカたちは超音波ではなく「電場」を利用している線が濃厚になってきたのです。
実際、電気受容ができるカモノハシは、泥の中に潜むエビやカニが筋肉運動によって発する微弱な生体電流を感知して、獲物の場所を探し当てています。
さらに電気受容であれば、砂地や泥によって阻害されることなく、むしろ頭をグリグリと動かすことで弱い電場を感知しやすくなるというのです。
この頭グリグリは、イルカがクレーター・フィーディングをするときによく見られます。
よって、バンドウイルカは砂地に潜む獲物の狩りに電気受容を使っている可能性が高いようです。
また研究者らは、地球の磁場を感知することで進む方向を決めるナビゲーションにも役立っているのではないかと推測します。
これらの仮説を証明するには野生下での観察が必要ですが、バンドウイルカの生活には「ビビッ!」という感覚が欠かせないのかもしれません。
参考文献
Dolphins Reveal a Mysterious Hidden Sense: They Can Detect Electric Fields
https://www.sciencealert.com/dolphins-reveal-a-mysterious-hidden-sense-they-can-detect-electric-fields
Fish beware: Bottlenosed dolphins may be able to pick up your heartbeat
https://www.sciencenews.org/article/bottlenosed-dolphins-sense-electric-fields-hunt-prey
元論文
Passive electroreception in bottlenose dolphins (Tursiops truncatus): implication for micro- and large-scale orientation
https://journals.biologists.com/jeb/article/226/22/jeb245845/334721/Passive-electroreception-in-bottlenose-dolphins
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。