「ランニングも食事制限もしたくないけど、体重は減らしたい」
一見矛盾したこれらの願いを叶えるかもしれない薬の開発が進んでいます。
現在、フロリダ大学(University of Florida)薬学部に所属するトーマス・P・バリス氏ら研究チームは、運動せずに、運動と同じ効果をもたらす「運動模倣薬」の開発に取り組んでいます。
新しい報告では、運動模倣薬を投与したメタボマウスが、運動とエサの量を変えなくとも、1カ月で体重の12%を減少させました。
少なくともマウスでは、運動せずに薬で運動の効果を引き出すことに成功しているのです。
研究の詳細は、2023年9月22日付の科学誌『Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics』に掲載されました。
目次
- 運動効果を模倣する「運動模倣薬」
- 新しい運動模倣薬がマウスをマラソンランナーに変化させる
- 食事量と運動量を変えずに「メタボなマウスの減量」に成功
運動効果を模倣する「運動模倣薬」
運動によって人間の身体の様々な部分は刺激を受け、健康的に良い効果が得られます。
例えば、筋力や心肺機能が高まり、脂肪の燃焼によってスリムな身体を手に入れられます。
もし、実際に運動することで得られるそれらの反応を、薬の効果によって得ることができるなら、「運動をしなくても健康になれる」かもしれません。
こうしたコンセプトのもとに研究されているのが、「運動模倣薬」であり、以前から人々の注目を集めてきました。
単なる自堕落な薬と感じる人もいるかもしれませんが、こうした薬は、運動したくてもできない寝たきりの高齢者たちを救う可能性があります。
薬で運動効果と言われると、多くの人は単なる痩せ薬のようなものをイメージするかもしれません。
しかし、今回の薬は「運動模倣薬」と呼ばれており、それは脂肪燃焼するだけでなく、運動を介さずに実際に体力もきちんと付く効果を持つのです。
私たちが理想とする健康状態は、「適度に食べ、適度に運動する」ことで得られるものですが、運動模倣薬は、運動せずに脂肪燃焼と体力づくりができる夢のような薬なのです。
そして最近、バリス氏ら研究チームは、彼らが開発した新しい運動模倣薬がマウス実験で良い成果を収めたことを報告しました。
しかし、この薬は一体どのようにして作用するものなのでしょうか?
新しい運動模倣薬がマウスをマラソンランナーに変化させる
バリス氏らチームが研究を続けている運動模倣薬は、「SLU-PP-332」という新しい化合物です。
この薬は、筋肉、心臓、脳などの重要な代謝に関係する体内のタンパク質グループ「エストロゲン関連受容体(ERR)」を標的にします。
ERRは実際に運動することで活性化するものの、薬で活性化させるのは難しいと考えられてきました。
ところが、研究チームは2023年3月の論文で、ERRを活性化させるSLU-PP-332の設計に成功したと報告。
しかもこの薬を投与した正常体重のマウスは、未投与マウスよりも70%長い時間走り続け、45%遠くにたどり着くことができました。
SLU-PP-332が投与されると、マウスの身体はマラソンしたかのように反応し、心筋や運動能力が強化されたのです。
バリス氏も、「この化合物は、持久力トレーニング中に見られるのと同じ変化を起こすよう骨格筋に指示する」と述べています。
マウスの普段の運動量に変化はありませんでしたが、身体だけは、屈強なマラソンランナーへと変化していました。
そして最新の報告によって、SLU-PP-332は、マウスの脂肪を減らす点でも効果的だと判明しました。
食事量と運動量を変えずに「メタボなマウスの減量」に成功
バリス氏らの最新の研究では、脂肪燃焼の観点でSLU-PP-332がテストされました。
肥満マウスに1カ月間1日2回薬を投与し、未投与のマウスと比較したのです。
その結果、投与されたマウスは未投与マウスに比べて、脂肪の増加が10分の1に減少し、その過程で体重が12%も減りました。
マウスたちは同じ量のエサを食べ続け、運動量も変わらなかったにも関わらず、投与マウスの脂肪はより燃焼していたのです。
バリス氏は、「彼らは生きているだけで、より多くのエネルギーを消費します」と述べています。
またそのメカニズムについて、「マウスをこの薬で治療すると、全身の代謝が脂肪酸を使うようになります。これは人間が絶食したり運動したりしている状態と非常によく似ています」と付け加えました。
新しい運動模倣薬は、マウスにおいて、投与するだけで運動効果である心筋や身体機能の強化と脂肪の燃焼をもたらすのです。
まるで夢のような薬ですが、気になるのはやはり副作用です。
研究チームによると、今のところ重篤な副作用は発生していないようです。
とはいえ、ヒト臨床試験に入るまでに、さらに多くの動物モデルで副作用の有無を確かめる必要があります。
また研究チームは、SLU-PP-332を注射ではなく錠剤として利用できるよう構造を改良したいとも考えています。
このような運動模倣薬のメリットは、最近の減量薬のように食欲を低減させたり、消化を阻んだりしない点にあります。
人々はしっかりと食事で栄養を吸収し、運動機能を高めたり維持したりしながら、脂肪だけを減らし、さらに筋力低下を防ぎ体力もつけられるかもしれないのです。
研究チームも、筋肉が減少しやすい減量中の人や高齢者への投与が特に効果的だと考えています。
さらに彼らは、SLU-PP-332が心筋を強化することでマウスの心不全を治療できるという証拠も得たようです。
これより運動模倣薬は、糖尿病や心血管疾患のリスクを低下させる可能性を秘めているとも言えます。
またそれが健全かどうかは疑問ですが、将来、人間が「食事制限も運動もせずにスポーツマンのような身体を手に入れられる」時代が到来するのかもしれません。
いずれにせよ、今後の進展に大きく期待したいものです。
参考文献
Exercise-mimicking drug sheds weight, boosts muscle activity in mice https://medicalxpress.com/news/2023-09-exercise-mimicking-drug-weight-boosts-muscle.html Drug that mimics exercise triggers weight loss and builds lean muscle https://newatlas.com/medical/drug-mimics-exercise-weight-loss/元論文
A Synthetic ERR Agonist Alleviates Metabolic Syndrome https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37739806/