寄生バチは獲物となる幼虫に産卵管を突き刺して、卵を産み付けることで知られます。
しかし最近、ロシア・サラトフ国立大学(SSU)の研究で、とんでもない能力を持つ寄生バチが発見されました。
なんとそのハチは実験用に収容されていたプラスチック製の硬いペトリ皿に穴を開けたのです。
しかも産卵管はペトリ皿を見事に貫通し、容器の外側に卵まで産み付けていました。
ある意味で、自らの子孫をペトリ皿の外に脱出させることに成功したと言えるでしょう。
研究の詳細は、2023年8月31日付で科学雑誌『Journal of Hymenoptera Investigation』に掲載されています。
目次
- ペトリ皿に産卵管を突き刺して掘り進める
- 穴を貫通させるには2時間かかる
ペトリ皿に産卵管を突き刺して掘り進める
今回の研究主任であるマトヴェイ・ニケルシュパルグ(Matvey Nikelshparg)氏は最近、サラトフ国立大学で学士号を取得したばかりの若い研究者です。
彼は幼い頃から昆虫に興味を持ち、13歳になる頃には、他種の幼虫に卵を産み付ける寄生バチに夢中になっていたといいます。
同大に進学したニケルシュパルグ氏は日々、独自に集めた寄生バチを自宅の実験室で飼育しながら、顕微鏡を使って観察を続けていました。
そんな中、自主的に行っていた実験で「エウペルムス・メセーヌ(Eupelmus messene)」という寄生バチに驚異のドリル能力を見つけたのです。
E. メセーヌはハチ目・ナガコバチ科(Eupelmidae)の寄生バチで、サイズは米粒ほどしかありません。
人間にはまったくの無害ですが、他種のスズメバチの幼虫を見つけると、産卵管を刺して体内に卵を産み付けます。
ニケルシュパルグ氏は、もし複数匹のE. メセーヌ(メス)に対し、宿主となる幼虫が1匹だけしかいない場合に何が起こるかを実験しました。
そこで彼はプラスチック製のペトリ皿の中に、宿主の幼虫1匹とメスのE. メセーヌ12匹を入れて観察。
すると予想通り、ほとんどのメスはわれ先にと幼虫目がけて産卵管を突き刺し、卵を産み付け始めました。
同氏は観察記録として「メスたちは繁殖のための競争的な格闘の中で、互いに押し合ったり噛み合ったりしていた」と報告しています。
ところが不思議なことに、ある1匹のメスだけは乱闘に参加せず、独自に別の宿主を見つけ出していたのです。
それが硬いペトリ皿の壁でした。
そのメスは産卵管をドリルのように使ってグリグリと壁を掘り進めました。
まさに目を疑うような光景でしたが、カメラがその動かぬ証拠を捉えています。
こちらです。
それだけではありません。
このメスは硬いペトリ皿を見事に貫通させた後、産卵管を通してペトリ皿の外側に卵を産み付けたのです。
その後「卵から元気な赤ちゃんが生まれたことで、私の驚きは頂点に達しました」とニケルシュパルグ氏は話します。
同氏は急いで自らの発見を指導教員で生物学者のワシリー・アニキン(Vasily Anikin)氏に報告し、教授陣の主導による追加実験が行われました。
穴を貫通させるには2時間かかる
ここでは実験規模をより大きくし、プラスチック製の容器の中に56匹のE. メセーヌ(メス)と宿主の幼虫1匹を入れました。
またハチ用のエサとして薄めた砂糖シロップと水を置いています。
その結果、先の実験と同じように、ほとんどのハチは宿主に対して産卵したのですが、競争に参加しないメスが数匹あらわれて、これまた同様に、プラスチック製の硬い容器に穴を開け始めたのです。
合計で8つの穴が開けられましたが、うち5つは勤勉な1匹のメスによるものでした。
1つの穴を貫通させるのに平均2時間以上を要しており、その間ハチは断続的に休憩したり、水を飲みに行ったという。
また穴を開ける様子を詳しく観察してみると、ハチたちは産卵管を左右両方向に均等に360度回転させたり、上下にリズム良くピストン運動しながら壁を掘り進めていました。
これは通常の産卵には見られない動きであり、E. メセーヌが対象物に合わせて柔軟に産卵行動を変えられることを示しています。
しかし以上の結果は非常な驚きと同時に、いくつかの疑問を生んでいます。
例えば、通常の宿主には産卵管の刺しやすい凹凸のポイントがあり、寄生バチはそこを狙って刺しますが、人工物であるペトリ皿は表面が滑らかで隙間がありません。
その状態でどうやって最初の針を突き刺しているのかが分からないといいます。
加えて、同様の行動は本種だけに見られるのか、他種の寄生バチにも可能なのかが不明です。
研究チームは次にこれらの課題に取り組みたいと考えています。
一方で今回の知見は、頑丈な岩石の掘削方法の改良や外科手術用の医療器具の開発にも役立つ可能性があるとチームは指摘しました。
またこの事実は、寄生バチをプラスチック容器に閉じ込めても子孫を外に脱出させられることを暗に示唆しているかもしれません。
参考文献
This Tiny Parasitic Wasp Can Drill By way of Plastic
https://en.news4social.com/science-2/this-tiny-parasitic-wasp-can-drill-by-way-of-plastic/
Parasitic Wasps Can Perforate Plastic, Study Finds
https://metroamericas.com/en/noticias-2/parasitic-wasps-can-perforate-plastic-study-finds/102767/
元論文
Extraordinary drilling capabilities of the tiny parasitoid Eupelmus messene Walker (Hymenoptera, Eupelmidae)
https://jhr.pensoft.net/article/107786/list/5/
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。