アリの脳を乗っ取り、ゾンビ化させて草にしがみつかせ、牛や鹿に食べられるのを待ち、次の宿主へと移動する。
そんな恐ろしい寄生を行っているのが「槍形吸虫」です。
この寄生サイクルは1950年代から知られていますが、私たちはまだ彼らの能力を完全に理解していなかったようです。
デンマーク・コペンハーゲン大学(KU)は今回、槍形吸虫が宿主のアリを「夜明け」と「夕暮れ」に特化してゾンビ化させていることを明らかにしました。
しかし、なぜその時間帯にゾンビ化させる必要があるのでしょうか?
研究の詳細は、2023年8月24日付で科学雑誌『Behavioral Ecology』に掲載されています。
目次
- 槍形吸虫の恐るべき寄生サイクル
- アリを「夜明け」と「夕暮れ」にゾンビ化させる
槍形吸虫の恐るべき寄生サイクル
寄生性の小さな扁形動物である「槍形吸虫(学名:Dicrocoelium dendriticum)」は、狂気じみたライフサイクルを送っています。
まず、地上に散布された彼らの卵は、第一の宿主であるカタツムリによって食べられます。
卵はカタツムリの体内でふ化して幼虫となり、その数は数百〜数千匹に達することもあるといいます。
続いて第二の宿主に移動するため、幼虫たちは粘液の塊に包まれた状態になって、カタツムリに体外へと吐き出させます。
すると、この粘液の塊に引き寄せられて、アリが幼虫ごと食べてしまいます。
アリの体内へと侵入した槍形吸虫の集団は、選ばれた1匹だけがアリの脳を乗っ取り、残りはアリの腹部に留まります。
そして脳をハッキングされて動きを完全に支配されたアリは、ゾンビのごとく自分の意思とは無関係に地上を歩き、細い草の葉をよじのぼって、アゴでピン留めして草にぶら下がり続けるのです。
そして牛や鹿、羊などの草食動物がそこを通るのをジッと待ち、草ごと食べられることで最後の宿主(終宿主)の体内へと侵入します。
ただ残念ながら、アリの脳を操っていた1匹の槍形吸虫は終宿主である草食動物の胃酸によって死んでしまいます。
一方で、アリの腹部にいた残りの集団は特殊なカプセルの中で守られており、胃酸で死ぬことなく、胆管を通って肝臓に入り、そこで血を吸いながら成虫へと成長します。
このとき、槍形吸虫は吸血しながら動き回るため、終宿主は肝臓にダメージを受ける可能性があります。
最後に、大量に生んだ卵を終宿主のうんちに忍ばせて、体外へと排出させ、またカタツムリに食べてもらい、悪魔のライフサイクルを延々と繰り返すのです。
ただこの中で、アリの脳を支配した1匹だけは、仲間の繁栄のために犠牲になっていると言えるでしょう。
ここまでの寄生サイクルは1950年代から解明されていましたが、研究チームは今回、槍形吸虫がアリへの寄生ステージで、より巧妙な戦略を採っていることを明らかにしました。
アリを「夜明け」と「夕暮れ」にゾンビ化させる
チームは今回、デンマーク東部・ロスキレ付近にある森林で、槍形吸虫に感染したアリを調査しました。
実験では、数百匹の感染アリにタグ付けし、一年のうちの連続しない13日間を選んで行動を追跡しています。
研究主任のブライアン・ルンド・フレデンスボルグ(Brian Lund Fredensborg)氏は「アリの体に色と数字の記載されたタグを接着するのには労力が要りましたが、そのおかげで正確な追跡に成功しました」と話しています。
そして感染アリの行動を光・湿度・時間帯・気温との関係で分析した結果、気温によってアリの行動が大きく変化することを発見しました。
具体的には、気温が低いときに特化してアリのゾンビ行動が顕著になり、草の葉にしがみつく行動が急増したのです。
特に1日の気温が低い時間帯である「夜明け」と「夕暮れ」にアリはゾンビ化を起こしていました。
反対に、気温が高い日中には草の葉にしがみつくゾンビ化が見られず、アリは地上の日陰を普通に歩き回っていたのです。
これは高温下で草の葉にしがみつくと、アリが脱水症状などを起こして死んでしまう可能性があるため、槍形吸虫が気温に合わせて行動をコントロールしている結果と考えられます。
※ こちらは感染アリを解剖した画像ですが、苦手な方に配慮してボカシ加工しています。(ボカシなしはこちらから)
他方で、夜明けや夕暮れに限らず、1日を通して気温が低い秋頃には、感染アリが葉っぱに1日中しがみついていることもあったようです。
しかし気温が36度以上になる夏場は、夜明けや夕暮れ時でもアリのゾンビ化が極端に減っていました。
槍形吸虫は明らかに、気温を考慮してアリの行動を調節していると見られます。
また研究者らは、牛や羊の放牧や野生の鹿が草を食べ歩くのは、涼しい時間帯の夜明けや夕暮れであることが多いため、これは理にかなっていると指摘しました。
槍形吸虫はその点も計算に入れているのかもしれません。
チームは次のステップとして、槍形吸虫がどのようにアリの脳を乗っ取っているのかを解明していく予定です。
研究者らは特に、アリを自由に動かすために彼らが使っている化学物質を特定したいと考えています。
参考文献
Brain-altering parasite turns ants into zombies at dawn and dusk https://science.ku.dk/english/press/news/2023/brain-altering-parasite-turns-ants-into-zombies-at-dawn-and-dusk/ When the temperature drops, parasites turn ants into zombies https://www.wur.nl/en/research-results/research-institutes/plant-research/show-wpr/when-the-temperature-drops-parasites-turn-ants-into-zombies.htm元論文
Expression of trematode-induced zombie-ant behavior is strongly associated with temperature https://academic.oup.com/beheco/advance-article-abstract/doi/10.1093/beheco/arad064/7250300?redirectedFrom=fulltext&login=false