ハダカデバネズミは哺乳類げっ歯目デバネズミ科の動物で、ネズミの一種です。
種類にもよりますが、小さなネズミの寿命は基本的に1~3年ほどです。
一方ハダカデバネズミの寿命は長く、適切な飼育下では37年以上生きることもあります。
また特殊なのは寿命だけでなく、ハダカデバネズミはがんになりにくく、無酸素化で18分も生きられ、痛みに対する耐性も強いということが分かっています。
今回紹介する熊本大学三浦恭子教授らの研究グループの研究では、「なぜハダカデバネズミが他のネズミよりも長生きなのか?」という疑問の解明に挑みました。
すると驚いたことに、ハダカデバネズミは自らの老化細胞を殺していることが判明しました。
この研究は科学雑誌EMBOpressに掲載されています。
https://www.embopress.org/journal/14602075
目次
- ハダカデバネズミは老化細胞を殺す
- 実験によりハダカデバネズミ独特の特徴が判明
ハダカデバネズミは老化細胞を殺す
細胞は老化します。
細胞はDNAをコピーし複製して分裂を繰り返すのですが、正常な細胞はこの分裂回数に制限があります。
これは、細胞にあるテロメアという部分が細胞分裂のたびに短くなっていくことが原因です。
短くなっていったテロメアはある長さまで達すると、細胞は分裂を止め細胞の老化が始まります。
細胞老化が始まり細胞が老化細胞となると、慢性の炎症反応を起こしたり、がん細胞の発症を促進したりと、体にとってマイナスの影響が大きくなります。
そのうえ老化細胞は細胞死を起こしにくく、体に残ってしまうという特徴があることも問題です。
細胞死が起こり老化細胞が排除されれば炎症やがんが発生しにくくなるのに、老化細胞はなかなか死なないことから除去されにくいのです。
一方ハダカデバネズミは、ヒトやほかのマウスの種類には起こらない、老化細胞の細胞死を起こすことが判明しました。
ハダカデバネズミの細胞はがん化しにくく、長寿の傾向があるということは今までの研究で判明しています。
しかし、なぜハダカデバネズミはほかのネズミよりも30年以上も長寿なのか、なぜこんなにもがんになりにくいのかは未だ不明でした。
今回の熊本大学三浦恭子教授らの研究グループの発見により、ハダカデバネズミの健康長寿の原因は「老化細胞の死」ではないか、ということが分かりました。
実験によりハダカデバネズミ独特の特徴が判明
熊本大学の三浦恭子教授は日本のハダカデバネズミ研究の権威です。
熊本大学は国内で唯一ハダカデバネズミを研究用に飼育している大学で、ハダカデバネズミといったら熊本大学の三浦教授といっても過言ではないでしょう。
三浦教授ら研究チームが、どのような実験でハダカデバネズミの細胞死やその原因について判明したのか、その研究内容を紹介します。
ハダカデバネズミは老化細胞を殺す
まず、マウスとハダカデバネズミの細胞に、細胞のDNAを損壊させる薬品を低濃度添加し、人工的に細胞老化を誘導しました。
DNAを意図的に損壊させることで、老化に似た状態を作り出すことが可能となるからです。
すると、マウスの細胞死の割合は1割のままで増加しなかったにも関わらず、ハダカデバネズミのほうでは細胞死が優位的に増加しています(下図参照)。
そうなると気になるのが「なぜハダカデバネズミの細胞が死にやすくなっているか?」です。
研究者たちがさらに細胞を調べたところ、老化したハダカデバネズミの細胞内では、自らを殺す毒素を出していることがわかりました。
ハダカデバネズミの老化細胞の処分方法は「毒殺」
老化細胞を殺す毒素は、意外な原料が出発点になっています。
その原料とは、脳内伝達物質として有名なセロトニンです。
ハダカデバネズミのまだ老化していない細胞ではほかのマウスに比べセロトニンという物質が蓄積している状態にあり、老化が進むとセロトニンが減少することも分かりました。
つまり、ほかのマウスにはないハダカデバネズミの細胞独特の特徴として、「セロトニンが多く蓄積されているが、細胞の老化が進むとその多くが分解される」ということがあります。
ただし、ハダカデバネズミの細胞死はセロトニンの減少が直接の原因ではありません。
セロトニンがモノアミン酸化酵素(MAO)という分解酵素を使って分解されるとき過酸化水素(H2O2)を発生させます。
この過酸化水素(H2O2)がハダカデバネズミの老化細胞にとっては致命的となります。
過酸化水素(H2O2)は生体にとって毒性が強いことが知られていますが、ハダカデバネズミの細胞はほかのマウスに比べ過酸化水素(H2O2)の活性に著しく弱いのです。
ではもしハダカデバネズミの老化細胞で、過酸化水素(H2O2)が出ないようにしたら、老化細胞は死ななくなるのでしょうか?
そこで、ハダカデバネズミの老化細胞に過酸化水素の発生を抑える抗酸化剤、もしくはモノアミン酸化酵素(MAO)を阻害する薬剤を投入したところ、どちらも細胞死が起こる率が著しく下がる結果となっています。
上図によると、モノアミン酸化酵素(MAO)を抑制したもののほうが細胞死が減っています。
そのため、ハダカデバネズミの老化細胞が細胞死するためには、モノアミン酸化酵素によって生じる過酸化水素(H2O2)が重要な役割を果たしていると判明しました。
今後の展望
今回の研究で以下のことが分かりました。
・ハダカデバネズミに老化細胞が少ないのは、細胞死により老化細胞を殺しているから
・ハダカデバネズミの細胞死はモノアミン酸化酵素によって生じる過酸化水素(H2O2)が原因である
ハダカデバネズミに関する研究ですが、この研究はヒトに応用されるのではないかと期待されています。
近年ヒトの老化改善のために老化細胞除去薬の開発が進めらていますが、まだ安全性には問題がある状態です。
一言に老化細胞といってもさまざまな役割があり、組織の修復などに必要な老化細胞もあります。
一律に老化細胞を除去してしまっては、逆に健康を害する可能性があるかもしれません。
ハダカデバネズミの老化細胞除去に関する研究が進んでいき、どのタイミングで除去するのか、どのように除去するのか厳密なメカニズムが判明すれば、人間に応用できる日が来るかもしれません。
参考文献
最長寿齧歯類ハダカデバネズミでは老化細胞が細胞死を起こすことを発見~特有のセロトニン代謝制御が鍵~ https://www.kumamoto-u.ac.jp/whatsnew/seimei/20230711 長寿のハダカデバネズミ 老化細胞がたまりにくい仕組みを発見 熊本大ら https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20230803_n01/ 細胞老化 https://www.cellsignal.jp/science-resources/overview-of-cellular-senescence 細胞老化の多様性とそのメカニズムを提唱―代謝とエピゲノムによるバリエーションの形成― https://www.amed.go.jp/news/seika/kenkyu/20201007-01.html#:~:text=%E7%94%A8%E8%AA%9E%E8%A7%A3%E8%AA%AC&text=DNA%E6%90%8D%E5%82%B7%E3%80%81%E3%81%8C%E3%82%93%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90,%E3%82%92%E3%80%8C%E8%80%81%E5%8C%96%E7%B4%B0%E8%83%9E%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%80%82元論文
Cellular senescence induction leads to progressive cell death via the INK4a-RB pathway in naked mole-rats https://www.embopress.org/doi/abs/10.15252/embj.2022111133