真空管、シリコン、そして木材へ……
スウェーデンのリンショーピング大学(LiU)で行われた研究により、木材で作った半導体をもとにトランジスタが開発されました。
新たなトランジスタは電気を通すように加工された3本の木材と電解質のゲルから構成されており、2本の木材の間にやや細い木材を垂直に挟んだ構造になっています。
非常に簡素なつくりですが、実験ではこれでも有機トランジスタと働くことが示されています。
しかし、本来ならば木材は容易に電気を通さないハズ。
研究者たちはいったいどんな手段で木材をトランジスタに変えたのでしょうか?
研究内容の詳細は2023年4月24日に『PNAS』にて公開されています。
目次
- 木製のトランジスタを開発することに成功!
木製のトランジスタを開発することに成功!
意外かもしれませんが、木材には電子部品としての素質が隠されています。
木材の内腔は繊維状の微細な三次元構造が一定の方向に向けて続いており、この微細な繊維構造がイオンなどの電荷をもった物質の通り道として理想的となっており、これまで木材はコンデンサーや電池、電子ペーパーなど多様な電子部品の代替品として使用可能であること示されてきました。
しかし現在のところ「木材をトランジスタに変えた」という報告は全く行われたことがありません。
トランジスタは電子回路において外部からの電気刺激によって信号を増幅させたり、電気を流してオンにしたり逆に止めてオフを切り替えるスイッチングの役割を果たす機能を持っています。
過去には真空管を使っていましたが、現在では半導体を使うことで機能を実現しています。
半導体は電気を良く通す金属のような導体としての性質と全く通さないゴムのような絶縁体との中間的な性質を持った物質であり、外部からの電流を使って導体と絶縁体を切り替えることが可能です。
この切り替え機能がトランジスタとして必要とされる性質を完璧に実現させることが可能となっています。
また半導体の材料も近年では改良が進んでおり、既存のシリコンを材料とするものだけでなく有機素材を使うものが開発されており、有機トランジスタが実現しています。
そこで今回、スウェーデンのリンショーピング大学の研究者たちは、有機素材の代りに木材が使えないかを試してみることにしました。
木材を上手く加工して有機素材に似た導電性を持たせられれば理論上、木材を使った有機トランジスタを開発することが可能となります。
ただ多くの人々が知るように、普通の木材は電気をほとんど通さない絶縁体に近い性質を持っており半導体にも程遠いものとなっています。
そこで研究者たちはまず木材の20~30%を占めるリグニンを溶かす溶液に木材を「適度に」浸すことにしました。
こうすることで木材に詰まっていたリグニンが「適度に」取り除かれ、木材内部に無数の細長い空洞が発生します。
(※実際には5時間ほど浸した木材が最適であることがわかりました。10時間以上浸した場合、木材の内部構造が脆くなって潰れていました)
次に研究者たちはスカスカになった木材に電気を良く通す導電性ポリマー(PEDOT)をしみ込ませました。
伝導性ポリマー(PEDOT)は有機トランジスタに用いられる電気を通す有機素材として知られています。
この導電性ポリマーを木材にしみ込ませるとの木材内部の微小構造をコーディングするように広がっていき、木材全体が導電性を帯びるようになります。
準備が整うと研究者たちは次のように木材を組み立てていきました。
一本目の木材を横向きに置いてその上にセパレーターを置き、続いてやや細めの木材を縦方向に乗せ、もう一枚のセパレーター挟むようにして二本目の木材を横向きに起きます。
またこのとき上下の木材の周りを電解質ゲルで包むようにします。
一見すると中学校の理科実習で作った電池のような簡単な構造です。
(※炭とアルミと食塩水から電池が作れることを習った人が多いかと思います)
しかしこの構造は代表的なダブルゲート有機トランジスタと同じ構造となっています。
具体的には、上下の木材(ゲート部分)に電位をかけない場合にはオン状態となって中央部分の木材は電流を流す「導体」になりますが、電位をかけると電流が流れない「絶縁体」となり、半導体としての機能を発揮します。
(※ゲートに電位をかけると周囲の電解質から中央部分の木材の細胞壁部分にカチオン(+)が追い出されて部に負電荷が保持され、電流が流れない「絶縁体」となります。)
実際、検証を行ったところ、外部からの操作によってスイッチのオンオフを切り替えられる半導体として動いていることが明らかになりました。
また性能を評価したところ、スイッチをオフ状態にするのに約1秒、スイッチをオン状態にするのには約5秒かかりました。
通常のシリコン製のトランジスタが一秒間に何万回もスイッチの切り替えができることを考えると、木製トランジスタの性能は極めて低いと言えるでしょう。
しかし、ありふれた木材から電子機器が作れるという結果が与える影響は少なくありません。
現在、世界各国の研究室で生体材料の電子部品化が進んでおり、バイオエレクトロニクス、植物エレクトロニクスなど新たな分野がうまれつつあります。
もし木材を材料にした電子部品の普及が進めば、電子部品を樹木に組み込むことも可能になるでしょう。
研究者たちは最終的には、リグニンの除去過程を省略して、生きた木をそのまま電子部品化することを目指していると述べています。
もしかしたら未来の歩道の左右には、木製電子回路が組み込まれたハイテク街路樹が設置されているかもしれません。
研究者たちは将来的に生きている植物に木製トランジスタを組み込んだり、生きている植物に操作を加えてトランジスタとしての性質を付与できる可能性があると述べています。
もし宇宙のどこかに植物を巧みに操る植物文明があった場合、真空管やシリコンの代りに木製トランジスタを使ったコンピューターが作られているかもしれません。
元論文
Electrical current modulation in wood electrochemical transistor https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2218380120