たくさん働いて疲れると強い睡魔に襲われます。
「何をそんな今さら」とお思いでしょうが、実は体の疲れが眠気を引き起こすメカニズムはいまだ解明されていません。
しかし今回、東京大学大学院および筑波大学の共同研究チームがついにその謎を解き明かしたようです。
報告によると、疲れた体は細胞の中で正常に働かない「不良タンパク質」を次々と生成。
そのまま不良タンパク質が蓄積すると細胞が正しく機能しなくなるので、ある分子がタンパク質の生産を中止すべく、脳に「眠くな〜れ」と伝達していたのです。
研究の詳細は、2023年3月15日付で科学雑誌『Cell Reports』に掲載されています。
目次
- なぜ体が疲れると「眠気」が生じるのか?
なぜ体が疲れると「眠気」が生じるのか?
同チームはこれまでに、マウスと線虫という2つのモデル生物を使って、睡眠の調節に関わる遺伝子を研究してきました。
とりわけ、線虫はシンプルな体の作りをしながら、私たち哺乳類と共通した睡眠関連の遺伝子を持つ優れたモデル生物です。
それゆえ、線虫の睡眠メカニズムを知ることで、私たち自身の睡眠についても理解が深められると考えられています。
そこでチームは今回、線虫を使って、睡眠の調節に関わる新たな遺伝子を探ることにしました。
実験ではまず、約6000匹の線虫のさまざまな遺伝子にランダムに変異を起こし、睡眠時間に変化が出た個体を探し出します。
その中から睡眠時間が通常の約2倍になった線虫を複数発見。
分析の結果、睡眠が伸びた原因は「sel-11」という遺伝子に起きた変異であることを突き止めました。
sel-11は、酵母菌のような単細胞生物からヒトを含む哺乳類まで広く存在する遺伝子です。
試しにマウスにおいてsel-11の働きを阻害したところ、同じように睡眠時間が増えることが確認されました。
このことから、
・sel-11遺伝子には、眠気を妨げるような何らかの働きがあること
・哺乳類でも線虫と同じ睡眠調節のメカニズムがあること
が伺えます。
sel-11遺伝子が持つ「真の能力」とは?
チームは次に、sel-11遺伝子が体内のどこで睡眠調節に寄与しているかを調べることに。
すると、sel-11は神経細胞に加えて表皮組織(皮膚)でも働いていることが判明しました。
つまり、睡眠調節に関わる遺伝子が脳(神経細胞)だけでなく、他の体(表皮組織)でも働いていることを意味します。
ちなみに線虫の皮膚は、脱皮に備えて新しい組織を作らなければならないなど、疲労の生じやすい場所です。
そして調査を進めた結果、sel-11は細胞の中にある「小胞体」にて、ある重要な仕事に関わっていることが分かりました。
小胞体は細胞内でタンパク質を生産する工場ですが、働きすぎや運動により体が疲れると、一定の割合で「不良タンパク質」を作り始めます。
不良タンパク質は構造に異常があるため、本来の働きができず、それが溜まりすぎてしまうと細胞の正常な機能を阻害してしまいます。
sel-11には、この溜まっていく不良タンパク質を分解することで、細胞の働きを正常に保つ役割があったのです。
不良品の分解が間に合わないと?
しかし調査を進めてみると、不良品タンパク質が多すぎて、sel-11の分解能力が追いつかないことがありました。
すると体内で細胞ストレスが発生した際、細胞内のタンパク質合成を制御する酵素である「PERK」がその異常事態を検出。
「ダメだ、このままだと処理しきれないからタンパク質自体の生産を止めよう!」と判断し、「eIF2α」という別のタンパク質をリン酸化します。
このリン酸化が「タンパク質の生産を中止せよ!」の合図となり、それを受けたeIF2αが「了解、眠くな〜れ」と脳に働きかけて、眠気を起こしていたのです。
以上の結果から、肉体労働後の眠気は、疲労によって全身に溜まった不良品タンパク質を解消するための”強制終了”だったと見られます。
研究者は、これと同じ分子レベルのプロセスがマウスにも見られたことから、ヒトを含む幅広い哺乳類に共通していると考えています。
チームは次のステップとして、体に不良タンパク質が溜まった際に、細胞の外に出ることのないeIF2αがなぜ脳に働きかけられるのかを解明する予定です。
また今回の知見は、新たな眠気の制御法や効率的な疲労回復法を見つけるヒントとなると話しています。
参考文献
肉体疲労後に訪れる眠気の正体を解明 http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/info/8348/元論文
ER proteostasis regulators cell-non-autonomously control sleep https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2211124723002784