草木を折ったら、動物のように赤い血が流れるでしょうか? 当然「流れない」と皆さん答えるかと思います。
しかし、赤い血のような汁を流す木が実際にあるとしたら、どうでしょう? その木は実在し、名を「竜血樹」と言います。
その汁の正体とは何なのか? なぜ赤いのか? 今回はそんな「竜血樹」の秘密に迫ります。
目次
- 生物の身体にある「管」「汁」とは?
- 竜血樹から流れる赤い汁の正体とは?
生物の身体にある「管」「汁」とは?
草木には血管がありません。これはなぜでしょうか?
それは、生物として酸素、栄養を全身に行き渡らせるシステムが、植物と動物で異なるためです。
私達を含めた動物の多くには、大抵「血管」が存在します。哺乳類の多くは、効率良く酸素を運ぶために、鉄分と酸素をくっ付けて運搬してます。
鉄がさびた色は何色でしょうか? さびた釘などを想像すると「赤っぽい」ことが分かるかと思います。これが、多くの哺乳類の血液が赤い理由です。
一方、植物にも血管のような「全身に張り巡らされた管」は存在します。
普段目にしている葉の「葉脈」がそれにあたります。葉脈の正体は、水を運ぶ「道管」と栄養を運ぶ「師管」が集まった「維管束」です。
維管束の中の液体には、酸素にくっ付く鉄が存在しないため、赤い色にはなっていないのです。
赤い血を流す樹木「竜血樹」
しかし、傷を付けると赤い血のような汁を流す木が存在します。
その現象が特徴的であることから、この木は「竜血樹」と呼ばれますが、一体どのような木なのでしょうか?
広義には、リュウゼツラン科ドラセナ属というグループに分類される樹木を全て竜血樹と呼んだり、赤い汁を流す木を竜血樹と呼ぶ場合があります。
しかし、基本的には「ドラセナ・ドラコ」「ドラセナ・シナバリ」の2種を竜血樹と呼びます。
名前の由来は、ドラセナが「雌竜」、ドラコが「竜」、シナバリが「朱色の」という意味を持つ所から来ています。「竜血樹」という和名は、これらの英名がそのまま和訳された、とお分かりいただけるのではないでしょうか?
生息地域では「ドラゴンが死ぬと竜血樹になる」「ドラゴンの血液が流れ出る樹が竜血樹」という言い伝えがあります。
竜血樹とはどんな木なのか?
ドラセナ・ドラコは大西洋のカナリア諸島に、ドラセナ・シナバリはインド洋のソコトラ諸島に生息しています。
地域に合わせ乾燥や暑さに強い性質を持っています。また、成長はとても遅いですが、最終的には最大約20mという高木になることもあります。常に葉が常緑していることも特徴的です。
また、目を引くのは、その形状でしょう。
幹のある高さから一斉に無数の枝を出しており、そこからは剣上の葉が非常に密生し、大きな樹冠を形成しています。なぜこのような奇妙な形なのでしょうか?
通常の草木は、光合成のために枝を大きく広げます。しかし、竜血樹は、光合成よりも「海から吹き付ける霧を結露としてかき集めること」を重視したのです。
傘のような葉で霧の水滴を受け止めて、木の根元に滴らせることで、乾燥地域で生き残ることができたと考えられています。また、自らの影によって水分の蒸発も抑えることができています。
竜血樹から流れる赤い汁の正体とは?
では、竜血樹を切った時に出てくる「赤い汁」の正体は何なのでしょうか?
一見すると血液のようで非常にグロテスクに感じますが、この正体は「樹液」です。
樹液には、主に維管束の中の汁が含まれており、水や栄養などの物質を運搬する役割があります。
また、傷つけられた時に、自身を補修する役割もあります。寒さから身を守るために糖を多く含む樹液の場合には、昆虫類に好んで舐めらることは既知の事実かと思います。
樹液から生まれた宝石が琥珀であるように、多くの樹液は琥珀色をしています。ではなぜ竜血樹の樹液はこんなに赤いのでしょうか?
それは、アントシアニジン化合物を含むためです。
アントシアニジン類に糖がくっ付いたものを「アントシアニン」と呼びますが、ブドウ、ブルーベリー、イチゴ、ナス、紫キャベツなどに含まれている色素であることが有名かと思います。
これらの植物は他の植物に比べるとかなり赤みの強い汁を出すため、そう言われると納得がいくかと思います。
血のようにグロテスクに見える竜血ですが、血とは全くことなる物なのですね。
では、なぜ「竜血」と呼ばれるようになったのでしょうか?
それは西洋・東洋で古くから赤味を帯びた固形の物質を指すのに「竜血」という言葉が広く利用されてたことに関係します。
古くから人々は、神秘的で目立つ赤色の物を、神秘的な動物「ドラゴン」に見立てこのように呼んでいたようです。
竜血の用途とは
この特徴的な赤い汁は、古くから人々の生活に利用されてきた記録があります。
主に医薬品、染料、魔術用具、観葉植物として愛されてきました。
質の良いものは商人によって高値で取引されてきましたが、その歴史は2000年以上とも言われています。
年輪がないため、樹齢は観察記録などからの推定で測られていますが、数100年から1000年以上に及ぶものもあるようです。商人の取引の歴史を見てきた竜血樹もあるかもしれませんね。
竜血樹の樹液から揮発性物質を取り除き、樹脂を固めたものの別名を「麒麟血(キリンケツ)」と呼びます。これは、古代ローマ時代から止血や鎮痛の薬品として重宝されてきた記録があります。
また、高級な布や物の染料として使われてきた記録も残っています。
17~18世紀にかけて制作されたバイオリンの最高峰「ストラディヴァリウス」にも竜血樹の染料が使われています。
中世では、呪術や錬金術の道具として、竜血樹が使われていた記録もあります。
「高価で、特殊な用途」で使用された歴史を持つ竜血ですが、現代の竜血樹は日本でも種子、苗、幼木が簡単に買える観葉植物となっています。
ほぼ水やりは必要がなく、生命力も強く、成長も遅いため、鉢植えで育てるのが非常に簡単です。
また、種、挿し木、伏せ枝など増やし方の種類も多く簡単で、人気の観葉植物となっています。ぜひ、お家に1本の竜血樹を迎えるのはいかがでしょうか?
環境問題と竜血樹
近年の地球温暖化の影響で、竜血樹を取り巻く生態系も変化しています。
海面の温度が上昇したことにより、以前より高地で霧ができるようになりました。つまり、竜血樹の近くで発生していた霧が少なくなってしまったのです。
この影響により、竜血樹が枯れ始めています。
地元の人々は「一度切ったら、数年間は樹を休ませる」などの対策を取っていますが、その程度の対策では太刀打ちできなくなっています。
原産国のソコトラ島の人々は、竜血樹の取引で生計を立てている人もいますが、年々生活が苦しくなっているようです。
竜血樹は非常に特徴的で興味深い木ですが、将来的にはその姿が消え本当に伝説の木になってしまうかもしれません。
参考文献
カナリア諸島の竜血樹, 京都大学 経営管理大学院 川北英隆HP http://www.hidetaka-kawakita.com/blog/2015/06/post-1929.html 竜血(麒麟血), 結晶美術館 https://sites.google.com/site/fluordoublet/%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%9D%E7%B5%90%E6%99%B6%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8%E3%81%B8/%E8%89%B2%E5%BD%A9%E3%81%AE%E5%8D%9A%E7%89%A9%E8%AA%8C/%E7%AB%9C%E8%A1%80%E9%BA%92%E9%BA%9F%E8%A1%80元論文
Dragon’s blood tree – Threatened by overmaturity, not by extinction: Dynamics of a Dracaena cinnabari woodland in the mountains of Soqotra, Hana Habrova https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0006320708004783 Sustainable Land Use Management Needed to Conserve the Dragon’s Blood Tree of Socotra Island, a Vulnerable Endemic Umbrella Species, Petr Madera https://www.mdpi.com/2071-1050/11/13/3557