映画ではよくある「敵に追い詰められ、崖から海に飛び降りる」シーン。
スリリングな場面ではあるものの、「その高さから落ちて大丈夫?」と疑問を覚えた人も多いはず。
こうした疑問に答えてくれるたのが、2022年に発表されたアメリカ・コーネル大学(Cornell University)生物環境工学部に所属するスンファン・ジョン氏ら研究チームの報告です。
彼らは人間が水面に飛び込んでも怪我をしない高さについて調査したのです。
一体、素人が苦し紛れに飛び込んでも無事な高さとはどのくらいなのでしょうか?
研究の詳細は、2022年7月27日付の科学誌『Science Advances』に掲載されました。
目次
- 高所から海やプールに飛び込んだ場合の衝撃を人体モデルで分析
- 8m以上の高さから飛び込むと脊髄損傷の危険あり!足から落ちよう
高所から海やプールに飛び込んだ場合の衝撃を人体モデルで分析
水面への飛び込みは、私たちにとって意外と身近な体験です。
例えば、オリンピックに採用されている飛込競技では、10mほどの飛び込み台から、体をひねったり丸めたりしながら着水します。
また飛び込み選手でないとしても、飛び込み台のあるプールや海を訪れることで、ちょっとした飛び込みを楽しむことがあるでしょう。
しかし疑問が生じます。
素人がプロの真似をして高所から水面に飛び込んだ場合、どの程度であれば怪我をしないで済むのでしょうか?
ジョン氏も、この点で研究が不足していることを、次のように指摘しました。
「人間の生体力学では、高齢者の転倒による怪我や脳震とうなど、スポーツ外傷に関する膨大な文献があります。
しかし、飛び込みによる怪我の研究はありません」
そのため彼らの研究チームは、3Dプリントした実物大の人体モデルを用いて、着水の方法でどのように衝撃が変わるか実験しました。
また、人間の筋肉、靭帯、骨が耐えられる衝撃を計算し、鎖骨や脊髄、膝などが損傷する可能性にも着目しました。
8m以上の高さから飛び込むと脊髄損傷の危険あり!足から落ちよう
実験の結果、訓練を受けていない人間は、次のケースで怪我をする恐れがあると分かりました。
- 頭から着水した場合は、8m以上で脊髄(特に頸椎)を損傷
- 手から着水した場合は、12m以上で鎖骨を損傷
- 足から着水した場合は、15m以上で膝を損傷
特に注目できるのは、頭から着水した場合です。
素人が飛び込み選手の真似をすると、指先から着水できず、脊髄に大きなダメージを負ってしまう恐れがあるのです。
そのため飛び込みにチャレンジするときは、体をひねったり丸めたりしようとせず、足からそのまま落ちるのがベストでしょう。
ちなみに、安全のボーダーラインである「15m」は、4階建てビルくらいの高さになります。
仮に、それ以上の崖で敵に追い詰められることがあるなら、命を狙われているのではない限り、おとなしく捕まった方がよさそうです。
また今回の実験では、人間モデルのほかに、飛び込みを得意とする動物の身体の一部(ネズミイルカ’Phocoena phocoena’の頭部、シロカツオドリ’Morus bassanus’のくちばし、チャイロバジリスク’Basiliscus basiliscus’の足)での衝撃も計算しました。
その結果、これら動物の身体構造が、衝撃を緩和するのに役立っていると判明。
例えば、イルカは頸椎(けいつい)同士が融合していて短いため、人間のように首を曲げて振り向いたりできないと言われています。
しかしこの構造が水中を泳いだり、飛び上がって水面に着水したりするときに安定感を与えると分かりました。
イルカは、人間が頭から着水したときに損傷しやすい部位を見事に保護していたのです。
研究チームは、今回の結果を、空中と水中の境界をスムーズに越えるための、新しい工学設計に役立てられると考えています。
※この記事は2022年7月に掲載したものを再掲載しています。
参考文献
Look before you leap: Study provides safety guidelines for diving
https://news.cornell.edu/stories/2022/07/look-you-leap-study-provides-safety-guidelines-diving
元論文
Slamming dynamics of diving and its implications for diving-related injuries
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abo5888
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。