野球の聖地クーパーズタウンでのイチローさん米野球殿堂入り式典に行って体験した特別感と臨場感
この夏、野球の聖地ニューヨーク州クーパーズタウンに行ってきた。ニューヨークには長年住んでいたが、クーパーズタウンは遠く交通の便も悪いので、まず行くことのない町。だが今年はイチローさんの殿堂入りセレモニーがある。何とかたどり着く方法を模索して実行した。マンハッタンから車で5時間ほどで行けるだろうが、運転に自信がない身としては可能な限り公共交通機関を利用して近づきたいということで、オールバニという町までアムトラックの列車で約2時間半かけて移動し、そこから車を運転し約2時間という道のりだった。オールバニからの道路は交通量が少なくほぼ1人旅状態で、真っすぐな道が果てしなく続くので、初心者レベルでもラクに運転できた。
クーパーズタウンは野球殿堂博物館を中心とした観光産業メインの小さな町。殿堂入りの祝賀イベントは4日間あり、その期間は年間で最も多くの人が町を訪れる。セレモニー会場のスタッフに聞くと今年の式典に集まったファンは4万人超え。普段ほとんど人がいない町にこれだけ一挙に人が押し寄せると多くの設備が急ごしらえで、手洗いも工事現場にあるような移動式簡易トイレが会場の脇に並べられているというものだった。売店も車両による移動式のものだけで数も少なく、何かと不便な会場だったが、その分、めったに経験できないという特別感も増した。
セレモニーは屋外に設置された特設ステージで行われ、最前列に関係者席、その後ろが一般席で、メディアも一般客に交じって参加するので、席からはステージがかなり小さく見えた。それでも現地はやはり臨場感がすさまじい。客席をざっと見ると7割くらいはイチローさんとマリナーズのファンで占められていた感じだったが、とにかくすごい熱気だった。イチローさんが登場するとスタンディングオベーションが起こって「イチロー!」コールが繰り返し響き渡り、ジョークを言えば拍手喝采で会場が沸いた。殿堂入りした大先輩を前に「3度目のルーキーになりました」などウイットに富んだ語り口は大ウケで、会場が何度も笑いの渦に包まれた。長年の推しの最高の晴れ舞台をこれ以上ないというテンションで盛り上げようという空気が、そのファンの反応から伝わってきた。
そんなファンの性質を熟知しているから、イチローさんもあれだけユーモアとウイットに富んだスピーチを考え抜いて準備したのだろう。そのスピーチは米国人記者からも大評判で、サンフランシスコ・クロニクル紙のジョン・シェイ記者は「強調するところで間を取ったり声の強弱をつけ、非常にうまかった」と舌を巻いていた。史上でも屈指の殿堂入りスピーチをその場で居合わせて聞けたことは、実に幸運。思い切って行ったかいがあったというものだ。【水次祥子】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「水次祥子のMLBなう」)