9月のドイツ遠征最終日のこと。「ピッ、ピッ、ピー」。森保一監督の携帯電話から、試合終了を告げる笛と同じ音が鳴った。記者の視線が集まった。 「引き分けましたね」と森保監督。ワールドカップ(W杯)カタール大会1次リーグで当たるドイツの試合結果を知らせるアプリの通知音だった。欧州の試合結果の音が、日本では未明に鳴ることは日常茶飯事。「いつも嫁さんに、『いい加減にしてよね』と言われます」と苦笑した。 国内組の現地視察に加え、50人以上いる海外組の動向も映像でチェック。試合の振り返りや、W杯のライバル国の分析などサッカー漬けの毎日だ。「プライベートな時間はなかなか持てないが、好きなことを仕事にしているので幸せ」 柔和なイメージが強いが、日本サッカー協会の川淵三郎元会長(85)は、昨年末にあった意外なやりとりを明かす。 森保氏が「何か思うことがあれば言ってください」と切り出した。「それならば」と川淵さんが「優しいのは分かるが、昔の名前で選手を使うのではなく、気にせず自分で決断した方がいい」と話すと、「私は川淵さんが思うような優しい男ではなく、冷酷な男です」。 実際、チームの和を乱すような選手に厳しい対応を取ったこともある。森保氏はチーム発足からW杯まで指揮を執る初めての日本人監督。川淵さんは、自身の成果が後任の日本人にも影響することへの責任と覚悟を森保氏の言葉から感じ取った。 批判はあっても当然と受け止め、簡単にはぶれない。現役時代、最初に声を掛けてくれたメーカーのスパイクを引退まで履き、約30年間、同じ理髪店に通い続ける義理堅さは、いかにも森保監督らしい。 「さっきは、すみません」。激論を交わした記者に気遣いの電話を自らかけることもある。歴代監督でも、この人だけだろう。他者の意見を尊重し、誰の話にも真剣に耳を傾ける姿勢は、チームの固い結束を生んだ。「日本人の誇りを持って一丸となって粘り強く戦う」。W杯でも信念を貫く。 (了) 【時事通信社】 〔写真説明〕練習に臨むサッカー日本代表の森保一監督=9月21日、ドイツ・デュッセルドルフ 〔写真説明〕インタビューに答える川淵三郎さん=5月13日、東京都文京区