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こうしてインフレ率の面では利下げが可能であったにもかかわらず、アジア地域の主要新興国・地域の中央銀行は、中国を除いては、これまで利下げを実施することができませんでした(図表2)。これは、FRBが高金利政策を維持する中、新興国・地域の中央銀行が利下げを実施すれば、通貨安に直面するリスクが高かったためと考えられます。実際、年初来でみると、7月末までは、僅かに増価したマレーシアリンギを除いては、アジア地域の全て主要国・地域の通貨が、対ドルで下落していました(図表3)。特に、インドネシアやタイでは、通貨の下落幅が比較的大きかったことが、中央銀行による利下げ姿勢の明確な消極化につながったと考えられます。
しかし、8月2日以降、金融市場が想定する年内から来年にかけてのFRBによる利下げ幅が大きく上振れたことで、アジアの主要通貨に対する通貨安圧力は剥落し、アジアの主要中央銀行がFRBの動きをにらみながら利下げを実施できる環境が整いつつあります。2024年末までに市場で期待されている利下げ幅はそれほど大幅ではありませんが、2025年中に想定される利下げ幅と合わせるとかなりの規模になり(図表2)、景気に対する相応のプラス効果が見込まれます。
アジア主要新興国・地域の多くでは、主要株価指数が、8月2~5日にかけての米国株下落の影響を受ける形で下落しましたが、その後、米国の株価が戻るのに合わせて上昇に転じています。今後については、米国金融市場の動きが、アジア新興国・地域市場の先行きにとって引き続き重要です。私は、米国景気が後退には至らないことを示唆する米国の景気指標が増えてくるにつれて、金融市場における景気後退懸念が徐々に和らぎ、米国株の戻りにつながっていくとみています(当レポートの先週号「市場は米景気の後退をまだ『織り込んで』いない」をご覧ください)。この見方を前提とすると、中国を除くアジア新興国・地域では、通貨の安定が続く一方、中央銀行による積極的な利下げによる景気浮揚が意識される形で株価が上昇トレンドに入る可能性が高いと見込まれます。個別の国・地域としては、①高度経済成長の持続と米中対立に起因する地政学的リスクの高まりを背景として継続的な資金流入が見込まれるインド株、➁これまで通貨安リスクが意識される形で株価上昇が限定的であったインドシネア株、➂景気の改善が明確になりつつあるマレーシア株―には特に注目しています。アジア主要新興国・地域市場が直面するリスクとしては、個別国・地域リスクを別とすると、米国の景気後退観測の強まりが輸出や資源価格に悪影響をもたらすリスクが重要です。
ところで、アジア以外の新興国について触れると、FRBの利下げ期待への高まりが通貨や株価にプラス効果をもたらしている面はあるものの、国によって状況は大きく異なっている状況です。投資家の関心が比較的高いメキシコ、ブラジル、南アフリカについてみると、まず、メキシコでは、6月初めの大統領選挙でシェインバウム氏が勝利したことで財政悪化懸念が台頭したことで、通貨安と株安が進行しました。8月に入ってFRBによる利下げ期待が台頭したものの、米国の景気後退が隣接するメキシコ景気に悪影響を及ぼす可能性が意識され、通貨・株価とも低水準を脱することができない状況です。メキシコでは、米国景気の悪化や10月に発足する新政権の財政運営がリスク要因として引き続き懸念される展開になると見込まれます。
次にブラジルでは、ブラジル中央銀行が今年前半に利下げを実施したことが通貨安圧力をもたらしたことで、インフレ圧力が強まり、中央銀行は利下げの停止に追い込まれました。8月2日以降にやや通貨高に若干振れたものの、インフレ懸念が強いことから、ブラジル中央銀行高官は今後の利上げの可能性を示唆しています。金融市場が安定を取り戻すにはある程度の時間がかかると見込まれます。
最後に、南アフリカについては、年初来、インフレ率が南アフリカ中央銀行の目標レンジ内で推移する中、緩やかな通貨高・株高が進行しました。5月末の総選挙後に成立した新内閣の下で出てきた財政規律強化の動きは金融市場に好感されていますが、8月初め以降のFRBによる利下げ観測の強まりによって、緩やかな通貨高・株高の動きが続いていくと見込まれます。
木下 智夫
グローバル・マーケット・ ストラテジスト
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