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11月5日に実施された米国大統領選挙・上下両院選挙では、トランプ前大統領が勝利するとともに、上院において、共和党が多数派を占める結果となりました。第2期トランプ政権下での政策について考えると、大統領権限である程度の政策の実施が可能な移民政策と追加関税策については、トランプ新大統領が2025年1月20日に就任後まもなくのタイミングで、これまでの主張に沿った形で実施される可能性が高まったと言えます。一方、第1期トランプ政権下で実施された減税措置の延長など、立法措置を必要とする政策の実行可能性は、下院で共和党が多数派の地位を維持できるかどうかにかかっています。
米大統領選挙後の金融市場では、「トランプトレード」の動きが明確となっています。具体的には、インフレ期待の上昇や規制緩和期待に伴う米長期金利の上昇、米株高となっています。共和党が下院を制すれば、景気の改善が視野に入り、さらなる長期金利の上昇と株高が見込まれます。日本株には円安を通じた株高効果、欧州株や中国株には追加関税への懸念による株安効果が足元で顕在化していますが、今後の追加関税についての展開が株価に大きく影響すると見込まれます。
経済に関連する政策としては、トランプ政権にとって優先度が高い、移民抑制策や追加関税政策が就任後早期に実行される可能性があります。これらについては、金融市場に及ぼすインパクトが大きいこともあり、大きな注目が集まるとみられます。その他の政策については、主要省庁の閣僚などの政府高官が指名され、上院で承認されるには少なくとも2~3カ月の時間を要することから、政策の詳細が固められるまでにある程度の時間がかかると思われます。
11月5日に実施された米国大統領選挙・上下両院選挙では、トランプ前大統領が勝利するとともに、上院において、共和党が多数派を占める結果となりました。下院選挙では、執筆時点(11月7日午前10時時点)では多数党が共和党、民主党のどちらになるのかが決まっていませんが、上院で共和党が多数派を占めたことは、第2期トランプ政権で指名される財務長官、国防長官、国務長官をはじめとする政府の主要ポストの上院による承認作業がスムーズに行われやすいことを意味しています。第2期トランプ政権下での政策について考えると、大統領権限である程度の政策の実施が可能な移民政策と追加関税策については、トランプ新大統領が2025年1月20日に就任後まもなくのタイミングで、これまでの主張に沿った形で実施される可能性が高まったと言えます。
移民政策:不法移民の入国をストップする政策は、トランプ氏が選挙戦を通じて強く主張してきたこともあり、トランプ氏の大統領就任後早々に実施される可能性が高いと考えられます。トランプ氏は米国に既に滞在している不法移民を本国に送り返すと主張してきましたが、これを大規模に実施するのは実際問題としてかなり困難であり、仮に実施されるとしても予算措置を講じたうえでなければ実効は難しいように思われます。経済的には、移民を制限する政策は、米国の労働市場のタイト化につながりやすいという面では、平均賃金の押し上げを通じて、インフレを押し上げる効果があるとみられます。その一方で、労働市場における供給を制約するものであることから、就業者数の伸びの鈍化を通じて、マクロ所得や民間消費の伸びを抑制する面が強いとみられます。
追加関税策:トランプ氏が選挙戦で主張してきた政策として、比較的早く実施される可能性が高いのが、輸入品に対する追加関税策です。米国大統領は、通商法301条に基づいて他国からの輸入品に対する追加関税を課すことができます。トランプ氏は選挙戦において、輸入品全般に対して10~20%の追加関税を課すとともに、中国からの輸入品に対しては60%の追加関税を課すことを主張しています。追加関税の除外品目を選定する作業にはある程度の時間を要するとみられますが、早ければ2025年央にも追加関税措置を開始する可能性があります。中国からの輸入品については、第1期トランプ政権下で追加関税の除外品目の選定をしていることから、追加関税の発動を比較的スムーズに実施できる可能性があります。米国の2023年における財の輸入総額は3.1兆ドル、うち中国からの財輸入額は4,477億ドルでした。全輸入品に20%、中国からの輸入品に60%の追加関税を無差別的にかけると、それによる年間関税額は0.8兆ドルに達します。2023年の米国のGDPは27.72兆ドルであったことから、単純計算すると、提案されている追加関税はGDPデフレーターを2.9%ポイント押し上げることにとなります。実際には、追加関税には除外品目が設けられるうえ、追加関税によって輸入品の一部が米国国内の製品によって代替されるとみられることから、そのインフレへの影響は小さくなるとみられますが、米国経済に対してある程度のインフレ効果をもたらすと考えるべきでしょう。
規制緩和策:第2期トランプ政権が立法措置なしに実施できる政策としては、規制緩和策も見逃がせません。バイデン政権下では、巨大テクノロジー企業や原油・ガス採掘企業に対する規制強化の動きが強まりましたが、第2期トランプ政権では、こうした規制強化の動きはストップし、原油・ガス採掘分野については規制緩和が実施される公算が大きいとみられます。また、金融業界に対しても、何らかの規制緩和措置が実施される可能性が高く、特に暗号通貨業界には追い風になるとみられます。
一方、立法措置を必要とする政策の実行可能性は、下院で共和党が多数派の地位を維持できるかどうかにかかっています。振り返ってみると、前トランプ政権下で2018年1月に包括的な税制修正法(Tax Cuts and Jobs Act⦅減税・雇用法⦆)案が成立したのは共和党が議会での多数派でなければ考えられなかったでしょうし、同様に、2021年3月にバイデン政権がコロナ対策として国民1人当たり1400ドルの給付する法案を可決できたのは、民主党が議会での多数派であったからこそでした
仮に下院で共和党が多数派を維持する場合には、2025年夏以降に財政政策についての審議が活発化し、2025年秋ごろには積極化な財政政策が実施される可能性が高いと考えられます。米国の財政年度が10月から開始されることをふまえると、トランプ政権が志向する財政政策を実際に始められるのは、2025/26財政年度(2025年10月スタート)からになると考えられます。「トリプル・レッド(大統領府と上下両院を民主党が制すること)」を前提にすると、国防費の増額やインフラ支出の増額が実施される場合には、2025年秋以降のタイミングになると見込まれます。税制面では、トランプ氏は、第1期トランプ政権で成立した「減税・雇用法」の減税部分を恒久化すべきと主張しています。「減税・雇用法」で決められた減税措置の多くが2025年末で期限切れとなることをふまえると、減税措置の恒久化を含む税制改正案を2025年中に成立させるべく、トランプ政権が尽力していくことが見込まれます。通常の法案であれば、上院で野党である民主党が議事妨害(「フィリバスター」と呼ばれます。これを回避するには60名の議員の賛成が必要になりますが、新議会において共和党の議席数は60議席に達しないことから、これを防ぐことは困難です)をすることで成立を阻止することが可能です。しかし、予算法案の枠組みで税制改革を審議する場合、予算調整法案(Budget Reconciliation Bill)の形で審議する場合には、野党は議事妨害をすることができないことから、その枠組みでの議会審議が予想されます。第2期トランプ政権で実施が目指される財政政策はかなり大きな財政赤字を伴う政策になるとみられることから、景気にはプラスになるとみられる一方、長期金利の押し上げ要因になると考えられます。
他方、今回の下院選挙で民主党が多数派の地位を奪還する場合には、財政支出の増加策については、国防費の増額と引き換えに社会保障関連の支出を増加するとの妥協が与野党間で成立する可能性があります。しかし、「減税・雇用法」で実施された減税のそのままの形での延長には民主党が反対するとみられることから、米国財政赤字は、「トリプル・レッド」のケースほどには増加しないとみられます。
米大統領選挙後の金融市場では、「トランプトレード」の動きが明確となっています。トランプ氏の政策はインフレ押し上げ効果をもたらす公算が大きく、米国の債券市場では、10月に入ってトランプ氏が当選する可能性が高まったとの見方が広がり、トランプ氏の政策が一部織り込まれる状況になりました。米国の多くの景気指標が改善したこともあり、米10年国債金利は、10月1日の3.73%から大統領選挙直前の11月4日には4.29%まで上昇していましたが、トランプ氏の当選が明らかになった11月6日には4.43%へと急上昇しました。11月4日から11月6日にかけての金利上昇幅(15bp)のうち、ブレイクイーブン・インフレ率の上昇分が12bpであり、実質金利の上昇分が3bpにとどまったことは、トランプ氏の当選に対する米国債券市場の受け止めが、景気の改善というよりはインフレ圧力の増大であったことを示唆しています。金利先物市場に織り込まれる2025年におけるFF金利の利下げ回数(25bp⦅=0.25%⦆を1回として計算)は、10月1日の4.9回から11月4日には3.0回に低下、これが11月6日には2.5回まで低下しました。
他方、米国の株式市場では、①選挙に伴う不透明感が後退したこと、➁原油・ガス採掘の規制緩和、テック業界への規制強化への警戒感の後退、などが意識されたこと、➂「トリプル・レッド」の結果となる場合に、「減税・雇用法」での減税の恒久的措置化の可能性があること―といった材料が原動力となり、11月6日のS&P500種指数は、選挙前の11月4日から3.8%上昇しました。FRBによる2025年末までの利下げ幅に対する期待が後退した点は株価にはマイナス効果をもたらしたと考えられるものの、株価押し上げ材料による効果が押し下げ材料による効果を大きく上回りました。業種別にみると、金利上昇や規制緩和による収益へのプラス効果が見込める金融セクター、原油・ガスの採掘による規制緩和による恩恵が見込めるエネルギーセクター、のほか、景気が上向くことによるメリットが意識された資本財・サービスセクターや一般消費財・サービスセクターの株価が比較的大きく上昇する一方、金利上昇によってマイナスの影響がある不動産セクターの株価は下落しました。
今後の米国の株価や長期金利は、下院選挙の行方に左右されると考えられます。下院選挙で共和党が多数党となる場合には、第1期トランプ政権下で実施された減税措置の延長が視野に入ることで、株価や長期金利のさらなる短期的な上昇につながると見込まれます。逆に下院選挙で民主党が過半数を奪還する場合には、第2期トランプ政権の経済政策運営に対する懸念が出る形で株価や長期金利が若干低下する可能性があるとみられます。
一方、株価の上昇はグローバルな現象とはなっていません。欧州ではトランプ氏による追加関税政策の悪影響や米国の欧州安全保障に対する関与の度合いが低下する可能性が懸念される形で主要株価指数が下落しました。中国や香港市場でも、追加関税政策の悪影響や地政学的なリスクの高まりが意識される形で、米大統領選挙後に主要株価指数が下落しました。
米国の利下げ期待の後退と長期金利の上昇は、選挙後におけるドルの独歩高をもたらしています。日本円についても同様の動きが生じており、11月6日の日本市場では、米大統領選挙・議会選挙を受けて、円安の動きが進行するとともに、主要株価指数が上昇しました。今後の日本株は、ドル円レートや米国株の動きやトランプ氏の追加関税措置についての言動に大きく左右される展開になると見込まれます。
下院選挙の行方が米国政治の足元での最大の注目点ですが、その結果は数日中に固まると考えられます。その後、第2期トランプ政権への政権移行チームが結成され、主要閣僚の選定プロセスが始まります。金融市場の観点からは、財務長官に誰が指名されるかが特に重要になると考えられます。その後、2025年1月3日には新しい議会が開会、1月20日にはトランプ大統領が就任する予定です。経済に関連する政策としては、トランプ政権にとって優先度が高い、移民抑制策や追加関税政策が就任後早期に実行される可能性がありますが、金融市場に及ぼすインパクトが大きいこともあり、大きな注目が集まるとみられます。その他の政策については、主要省庁の閣僚などの政府高官が指名され、上院で承認されるには少なくとも2~3カ月の時間を要することから、政策の詳細が固められるまでにある程度の時間がかかると思われます。日本の景気や株式市場をみるうえでは、①米新政権がどの程度の水準と品目で追加関税を課してくるのか、➁どの程度の防衛費の増額や駐留米軍に対する負担増を米国政府が求めてくるか、➂米中関係がどのように変化するか―などが特に注目されます。
木下 智夫
グローバル・マーケット・ ストラテジスト
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