岐阜大学 高等研究院 One Medicineトランスレーショナルリサーチセンター (COMIT) 村田知弥 特任准教授らの研究グループは、多様な脳機能制御に関与する脱ユビキチン化酵素USP46の機能解明を目的として、ビオチンリガーゼminiTurboを内在性Usp46遺伝子座にノックインしたマウスモデルを開発しました。このマウスに対しビオチン高含有餌を与えることで、成体および発達期の脳において、非侵襲的にUSP46近接タンパク質のビオチン標識(BioID)が可能であることがわかりました。また、成体マウス由来ビオチン化タンパク質の質量分析により、USP46の脳内近接タンパク質群を同定しました。さらに、Usp46欠損マウス脳では、近接タンパク質として同定されたPLPP3の発現が低下しており、USP46による発現調節機構が示唆されました。
本研究は、生理的環境下における脳内USP46タンパク質間相互作用を非侵襲的に解析した点が特徴であり、USP46による脳機能制御や精神疾患の分子メカニズム解明に貢献します。またin vivo BioID技術は、他のタンパク質の相互作用解析に応用可能であり、本研究で確立した手法は神経科学分野をはじめ、生物・医学研究の新たな研究基盤としての展開が期待されます。
タンパク質間相互作用ネットワークの解析は、生物の恒常性維持機構や疾患発症の理解に大きく貢献します。BioID法は、標的タンパク質に融合したビオチンリガーゼにより極近傍に存在するタンパク質を不可逆的にビオチン標識する手法であり、培養細胞レベルでのタンパク質間相互作用解析に広く用いられています。しかし、生体内(in vivo)への応用例は依然として少なく、特に内在性遺伝子座へのビオチンリガーゼノックインによるモデルは心臓や腎臓における解析に限られていました。USP46はタンパク質分解の目印となる翻訳後修飾「ユビキチン化」を除去する酵素であり、マウスのうつ様行動や、母性行動を制御することが知られています。しかし、脳におけるUSP46の相互作用因子や基質は不明な点が多いのが現状です。そこで本研究では、脳におけるUSP46相互作用ネットワーク解明を目指し、高活性かつ小型であるビオチンリガーゼminiTurboを用いたノックインマウスを作製、発達期を含む脳組織でのin vivo BioIDの有効性を検証しました。
Usp46 遺伝子座のタンパク質コード領域の末端に対し(図中青矢印)、miniTurbo-HA tag 配列をノックインして USP46-miniTurbo マウスを作製した(HA tag はタンパク質の検出を容易にするための目印)。これにより Usp46 遺伝子発現細胞においてUSP46-miniTurbo融合タンパク質が産生される。mTはminiTurboの略称。
筆者らの先行研究では、培養細胞においてUSP46の近接タンパク質を同定していました(Yoshioka K. et al. FEBS Open Bio. 2025)。しかし、そもそも培養細胞と生体脳組織ではタンパク質の発現や相互作用の様式が異なる可能性があり、脳機能制御との関係までは踏み込めていませんでした。本研究ではin vivo BioIDにより、生体脳におけるUSP46とPLPP3の新たな関連を見いだすことができ、今後、USP46による脳機能制御機構の解明に繋げたいと思います。