- 週間ランキング
新潟大学
新潟大学脳研究所遺伝子機能解析学分野の菊地正隆特任准教授と池内健教授らの研究グループは、フランスInstitut Pasteur de LilleのJean-Charles Lambert教授らとともに、アルツハイマー病の遺伝的リスクの影響を28カ国で検証しました。その結果、個々人の遺伝的リスクを数値化したポリジェニックリスクスコア(PRS、注1)は多くの国を通してアルツハイマー病の発症リスクと関連していることが明らかになりました。
近年、個人が有する疾患の遺伝的リスクを数値化したPRSが注目され、疾患の早期診断への応用などが期待されています。アルツハイマー病とPRSの関係は主に欧米や日本など一部の国を対象に検証されてきましたが、全世界を通した検証はなされていませんでした。本研究では、ヨーロッパ17カ国、東アジア3カ国、アフリカ2カ国、南アメリカ4カ国、インド、オーストラリアの計28カ国のアルツハイマー患者と健常者でPRSを算出し、アルツハイマー病の発症リスクや、発症年齢、髄液バイオマーカーの変化量との関連を明らかにしました。さらに祖先集団によるPRSの効果の違いや疾患の特異性についても議論しました。
本研究によって多くの国でアルツハイマー病とPRSの関連が示されたことから、今後PRSを用いた早期診断やリスクに応じた個別化医療が推進されると期待されます。
【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M102154/202506160625/_prw_OT1fl_p6Cj3fSq.png】
Ⅰ.研究の背景
アルツハイマー病は認知症の中で最も頻度が高い疾患です。アルツハイマー病の最大の危険因子は加齢ですが、それに加えて特定の遺伝的バリアントを生まれつき多くもっている方は発症リスクが高いことが知られています。この遺伝的リスクの強さを個人ごとに算出する方法として近年PRSが注目されています。PRSは個人がもつ複数の遺伝的リスクを一つの値に集約したスコアで、一部の国を対象に研究が行われてきました。しかしゲノム情報は国や地域によって多様性があるため、アルツハイマー病のPRSを評価するためには、全世界のゲノムデータを用いた検証が必要でした。
Ⅱ.研究の概要と成果
本研究ではヨーロッパ17カ国、東アジア3カ国、アフリカ2カ国、ラテンアメリカ4カ国、インド、オーストラリアの計28カ国で集められたアルツハイマー病患者122,840人と健常高齢者424,689人(計547,529人)について検証を行いました。本研究で算出したPRSはアルツハイマー病と関連する85の遺伝的バリアントに基づいており、これらは以前にヨーロッパ祖先の大規模集団で実施されたゲノムワイド関連解析(注3)で同定された遺伝的バリアントです。各国で算出した統計量をメタアナリシスした結果、サンプル数が少なかったインドとアフリカ諸国を除き、PRSはすべての祖先集団で健常者と比べてアルツハイマー病患者で有意に高いことが示されました(図1)。
また相対的にアフリカ系アメリカ人ではPRSによる効果が低いこともわかりました。さらにPRSが高いほどアルツハイマー病の発症年齢が早いことや、髄液中のバイオマーカーの変化量が増加することなどもわかりました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202506160625-O1-R2n61Qh8】
本研究ではヨーロッパ祖先集団だけでなく以前に日本、ラテン系アメリカ人、アフリカ系アメリカ人で実施されたゲノムワイド関連解析の結果を統合した多民族PRSも構築しましたが、上記のヨーロッパ祖先集団に基づくPRSと比べ発症リスクとの関連に違いは観察されませんでした。このことから祖先集団を問わず、すでに報告された遺伝的バリアントによってアルツハイマー病の遺伝的要素の多くを説明できると解釈できる一方、ヨーロッパ祖先集団以外の集団はいずれも少ないサンプル数で解析されたため十分な統計力を発揮できていない可能性も考えられます。今後ヨーロッパ祖先集団以外の大規模研究が必要です。
認知症は認知機能の低下を伴う疾患の総称ですが、この中にはアルツハイマー病以外にも様々な認知症が含まれています。そこで患者群をアルツハイマー病、アルツハイマー病および関連認知症(注4)、認知症に分類し、それぞれでPRSのリスクを評価しました。その結果、PRSの効果はアルツハイマー病で最も強く、その他の認知症では低いことがわかりました(図2)。このことから認知症の中でもアルツハイマー病に特異的な遺伝的バリアントの存在が示唆され、今後疾患の層別化にも有用であると考えられます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202506160625-O2-yJFrk91O】
Ⅲ.今後の展開
今回の国際的な多施設共同研究によりアルツハイマー病の遺伝的リスクが異なる祖先集団に共通して示されたことで、今後一層ゲノム情報に基づくアルツハイマー病の発症リスク予測や認知症の層別化に向けた応用が期待されます。
Ⅳ.研究成果の公表
本研究成果は、2025年6月18日(日本時間)、科学誌「Nature Genetics」に掲載されました。
【論文タイトル】Transferability of European-derived Alzheimer’s Disease Polygenic
Risk Scores across Multi-Ancestry Populations
【著者】Aude Nicolas, Richard Sherva, Benjamin Grenier-Boley, Yoontae Kim, Masataka Kikuchi,..., Akinori Miyashita, Norikazu Hara, ...,他191著者割愛,... Takeshi Ikeuchi, Alfredo Ramirez, Jungsoo Gim, MarkLogue, Jean-Charles Lambert
【doi】10.1038/s41588-025-02227-w
Ⅴ.謝辞
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)認知症研究開発事業(課題番号:JP23dk0207060)の支援を受けて行われました。
【用語解説】
(注1) ポリジェニックリスクスコア(PRS: polygenic risk score):PRSは多数の遺伝的バリアントからなるリスク効果を足し合わせたスコアとして計算され、個人の遺伝的リスクを表現するために用いられます。
(注2) メタアナリシス:複数の統計解析によって得られた結果を統合し、全体としての傾向を明らかにする統計手法です。
(注3) ゲノムワイド関連解析:健常者と患者の2群間で頻度に偏りが観察される遺伝的バリアントを網羅的に検出する解析を示します。
(注4) アルツハイマー病および関連認知症(ADRD:Alzheimer's Disease and Related Dementias):認知症の中には前頭側頭型変性症やレビー小体といった様々な疾患が含まれており、それらの総称です。