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発表のポイント
・2022年の秋ごろから本州のすぐ東の海上において黒潮続流※1が北へ大きく蛇行することで、海面水温が顕著に高い状態『海洋熱波※2』が発生しています。海面水温の上昇は海から大気への熱や水蒸気の供給を増加させることで降水へ影響することが考えられますが、黒潮続流の大蛇行に伴う海洋熱波のそのような影響についてはわかっていませんでした。
・本研究では、雲解像モデルを用いた数値実験を通じて、黒潮続流の大蛇行に伴う海洋熱波が2023年9月に千葉県で発生した記録的な豪雨の降水量の約70%に寄与したことを示しました。
・さらに、数値実験のデータを詳細に分析することで、海洋熱波が、大気の暖湿化や千葉県沿岸付近における前線※3の形成や位置に作用することで、豪雨の発生に関与したことを明らかにしました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202502174293-O7-rKjQ9kV0】
【参考図】雲解像モデルによる豪雨の再現実験の結果の可視化。白~灰色の領域は雲・降水域の3次元分布。陰影は海面水温、矢印は地上付近の水平風を示す。可視化にはMet.3D (https://met3d.wavestoweather.de/met-3d.html) [1]を使用した。
立正大学データサイエンス学部・平田英隆准教授、九州大学大学院理学研究院・川村隆一教授、海洋研究開発機構アプリケーションラボ・野中正見グループリーダーらの研究グループは、近年、日本の東方海上において黒潮続流の大蛇行に伴って生じている海面水温の異常高温『海洋熱波』が、2023年9月8日に千葉県東部で発生した記録的な豪雨の発生に大きく寄与したことやそれに関わるメカニズムを明らかにしました。本研究成果は、2025年2月13日に国際学術誌「Scientific Reports」 に掲載されました。
本研究の成果は、日本の東方海上における海洋熱波が豪雨の発生リスクを高めていることを示唆しています。また、日本周辺の海流とそれに伴う海水温の変動を適切に推定・予測することが、豪雨等の極端気象現象の予測や理解において極めて重要であることを意味します。
研究の概要と背景
日本の南岸には世界最大規模の暖流である黒潮が流れています。黒潮が日本列島を離岸した後の海流を黒潮続流と呼びます(図1a)。2022年の秋ごろから黒潮続流が本州のすぐ東で北方向へ大きく蛇行しています(図1b)。この続流の大蛇行に伴い海面水温が異常に高い状態『海洋熱波』が観測されています(図1c)。このような黒潮続流の大蛇行は、人工衛星による海面高度の観測が始まった1992年以降、初めて捉えられた現象であり、そのメカニズムや気象/気候、海洋生態系や水産資源などへの影響に注目が集まっています。
上述の黒潮続流の大蛇行が発生していた2023年9月8日に、千葉県東部で豪雨が生じ、特に茂原では観測史上1位の日降水量(391 mm)を記録しました(図2)。この豪雨に起因して、千葉県では洪水や土砂崩れが生じ、5名の人的被害、2705棟の住家被害が発生しました[2]。豪雨が発生したとき、地上付近では黒潮続流大蛇行域から千葉県へ流れ込む東寄りの風が強く吹いていました(図2b)。このような大気と海洋の状況は、続流大蛇行に伴う海洋熱波が千葉県東部における記録的な豪雨の発生へ関与したことを示唆します。しかしながら、黒潮続流の大蛇行に伴う海洋熱波が豪雨に影響し得るかどうかについては、研究がなされていませんでした。
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図1 (a) 9月8日の海面における水温(陰影)と海流(矢印)の平年値の水平分布図。海流は強い部分のみを可視化。(b)2023年9月8日の海面における水温と海流の水平分布図。(c)図1bの緑枠内で領域平均した海面水温の1985~2023年の時系列図。黒線は年平均、赤線は9月平均の変動を示す。
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図2 (a)2023年9月8日の日降水量の水平分布図。陰影は気象庁の解析雨量、色付きの丸は地域気象観測システム「アメダス」において観測された降水量を示す。(b)2023年9月8日00~13時の期間で平均した海面更正気気圧(等値線)、10 m高度の水平風(矢印)、海面から大気への潜熱・顕熱フラックス(陰影)の水平分布図(使用データ:再解析データERA5)。
研究の内容と成果
上述の動機から、我々は黒潮続流の大蛇行に伴う海洋熱波が2023年9月8日に千葉県東部で発生した豪雨へ与える影響に関する調査研究に着手しました。本研究では、スーパーコンピュータ「地球シミュレータ※4」上で、領域雲解像モデルCloud Resolving Storm Simulator(CReSS)※5[3]による数値実験を実施することで、海洋熱波が豪雨へ与える影響の解明に取り組みました。
まず、衛星観測データ等に基づく現実的な海面水温分布を下部境界条件として与える数値実験(再現実験)を実施し、観測と良く対応する千葉県東部における豪雨の再現に成功しました(図3a)。次に、対照実験として、黒潮続流の大蛇行域(図1bの緑枠内)の海面水温を平年値に置き換えた海面水温分布を与えた実験(海洋熱波の影響を除いた実験)を実施しました。これらの実験の結果を比較することで、海洋熱波が豪雨へ与える影響に迫りました。調査の結果、海洋熱波が豪雨に大きく寄与したことやそれに関わるメカニズムを明らかにしました。研究成果は以下のとおりです。
再現実験と比較して、海洋熱波の影響を除いた実験では、千葉県東部(図3cの青枠)における降水量が約300 mm減少しました(図3)。この減少量は再現実験の降水量の約70%に対応します。この結果は、海洋熱波が注目した豪雨の発生に大きく寄与したことを強く示唆します。
数値実験の結果の解析から、豪雨の前半と後半の期間では、海洋熱波が豪雨に影響するプロセスが異なることがわかりました。前半の期間では、海洋熱波域から大気への活発な熱や水蒸気の供給により、まず、千葉県の東海岸付近に前線が生じました(図4a海洋熱波の影響①)。そして、この前線に対して、海洋熱波の影響により暖湿化した空気が流入することで、千葉県沿岸で降水システムが発生し、前半期間における降水量の増加をもたらしました(図4a海洋熱波の影響②)。
後半の期間については、海洋熱波の影響を受けた空気が陸上に北東方向から流れ込みました(図4b)。この陸上の空気と南東方向から流入した相対的に暖かく湿った空気(図4bの灰色の矢印)との間に前線が形成され、この前線上で降水システムが生じました。海洋熱波は、前線陸側の空気を暖めることで、前線が陸上で発達するように作用しました(図4b海洋熱波の影響③)。この海洋熱波の前線の地理的位置への影響により、後半期間に千葉県東部で雨量の増加が生じました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202502174293-O5-88cCk6A2】
図3.(a)再現実験と(b)海洋熱波の影響を除いた実験における地上降水量の水平分布図。豪雨が観測された2023年9月8日00~13時の期間で積算した値を示す。(c)2つの実験の降水量の差の水平分布図(再現実験-海洋熱波の影響を除いた実験)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202502174293-O6-b711KomH】
図4. 黒潮続流の大蛇行に伴う海洋熱波が2023年9月8日の千葉県東部における豪雨に与える影響に関わるプロセスの模式図。
今後の展開と展望
本研究から、黒潮続流の大蛇行に伴う海洋熱波が豪雨の発生リスクを高める可能性が強く示唆されました。この成果は、海流とそれに伴う海水温の変動を適切に推定・予測することが、豪雨等の極端気象現象の予測や理解において極めて重要であることを意味します。本研究の成果をベースに、現象に対する理解をさらに深化させていくとともに、極端気象現象の予測精度向上に資する研究へと発展させていきたいと考えています。
【立正大学・平田英隆准教授のコメント】
現在(2025年2月)も、日本周辺では海面水温がとても高い状態になっています。この影響で日本では豪雨などの極端な気象現象の発生リスクが高まっている可能性があります。このようなことを頭の片隅においていただき、日頃からの防災に対する準備やいざというときの適切な防災行動に繋げていたきたいです。
用語解説
※1 黒潮続流:黒潮が日本の沿岸から離れた後の黒潮から続く海流。
※2 海洋熱波:海面水温が異常に高い状態が数日以上続く現象。海洋生態系や気象・気候などへの影響が懸念されている。
※3 前線:熱的に異なる性質を持った空気の境界。前線付近では上昇流が生じるために、水蒸気の凝結や大気の不安定の解消が起きやすく、しばしば豪雨の発生をもたらす。
※4 地球シミュレータ:海洋研究開発機構が運用するスーパーコンピュータ。海洋地球科学分野をはじめ様々な研究分野で利活用されている。
※5 領域雲解像モデルCloud Resolving Storm Simulator(CReSS):名古屋大学宇宙地球環境研究所・気象学研究室・坪木和久教授のグループが開発を進めている気象の数値モデル。雲スケールからメソスケールの気象現象の高精度なシミュレーションを実施できる。
謝辞
本研究はJSPS科研費JP22H04491、JP24H02222、JP24H02223、JP24H00369の助成を受けたものです。
参考文献
[1] Rautenhaus, M., Kern, M., Schäfler, A., and Westermann, R.: Three-dimensional visualization of ensemble weather forecasts – Part 1: The visualization tool Met.3D (version 1.0), Geosci. Model Dev., 8, 2329-2353, doi:10.5194/gmd-8-2329-2015, 2015.
[2] 消防庁応急対策室: 令和5年台風第13号による被害及び 消防機関等の対応状況(第12報), 2024. https://www.fdma.go.jp/disaster/info/items/20230907taihu13gou12.pdf (最終閲覧日:2025.2.11.)
[3] Tsuboki, K., “High-Resolution Simulations of Tropical Cyclones and Mesoscale Convective Systems Using the CReSS Model”, Numerical Weather Prediction: East Asian Perspectives (ed. Park, S. K.), 483-534, 2023.
論文情報
雑誌名:Scientific Reports
論文名:Effects of a marine heatwave associated with the Kuroshio Extension large meander on extreme precipitation in September 2023
著者:Hidetaka Hirata, Ryuichi Kawamura, and Masami Nonaka
掲載日:2025年2月13日(現地時間)
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41598-025-88294-9
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-025-88294-9