3. 研究の背景 気候変動の影響もあり、台風や豪雨、さらにはそれに伴う洪水や土砂災害といった大規模な自然災害が世界的に増加しています。これら甚大化する自然災害へ対応するため、河川域にとどまらず、集水域(雨水が河川に流入する地域)から氾濫域(河川等の氾濫により浸水が想定される地域)を含めて一つの流域と捉え、流域に関わるあらゆる関係者が協働して水災害対策に取り組む「流域治水」という考え方が広がりつつあります。この実現に向けて「特定都市河川浸水被害対策法等の一部を改正する法律」(流域治水関連法)が2021年11月1日に施行され、具体的な施策も打ち出されつつあります。 「流域治水」は、河川流域におけるあらゆる関係者が協働して行う治水対策であり、河川周辺にとどまるものではありません。これを実現するための一つの要素として、農地が持つ防災・減災機能の活用がしばしば挙げられます。農地はその本来的な役割である食料生産だけでなく、雨水の貯留や浸透、氾濫水を一時的に受け止めること等を通して防災・減災に貢献すると考えられており、研究も蓄積されつつあります。このような生態系を活用した防災・減災(Ecosystem Based Disaster Risk Reduction:Eco-DRR)は、防災・減災機能にとどまらず、人間社会に様々な利益をもたらすことも期待されています。 既往研究において、地表面を流れる水を貯めやすい地形条件下に存在する水田は、水災害の発生を抑制することが明らかになっています(注2。しかし、水田以外の主要農業形態である乾燥畑も同様の機能を持っているかについては、不明確でした。もし乾燥畑も水田と同様に水災害の抑制機能を持っているのであれば、防災機能を期待した農地利用に向けた重要な知見となります。また、既往研究においては市町村を単位に水田が持つ防災機能を評価したため、農地が持つ災害抑制効果はどの程度の空間的範囲まで有効なのかについても不明確でした。一般に土地利用には偏りがあり、都市化が著しい市町村や大面積の農地を持つ市町村等、様々な土地利用状況があります。もし災害抑制効果が市町村単位程度の空間的範囲のみ有効である場合は、防災の観点からは都市化が著しい地域内であっても農地を維持したほうがよいという判断ができ、逆に災害抑制効果が市町村を超えた範囲に及ぶのであれば、流域全体における防災機能を高めるため、ある市町村が農地を維持し、その維持管理費用は流域全体で負担するといった役割分担が可能になるかもしれません。このように、一定面積内に都市と農地を共存させる考え方を「土地共有型 Land sharing」、一部に都市を、一部に農地を集中させるようなゾーニングを行う考え方を「土地節約型 Land sparing」と呼び(図1)、生物多様性と農業生産を両立させるための土地利用戦略として、いずれの形態が有効かについて、しばしば議論されます。 【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202211179925-O2-29jOPHu0】 図1.土地共有型と土地節約型のイメージ。土地共有型では、狭い範囲内に異なる土地利用を共存させ、機能の両立を目指す。土地節約型では、特定の土地利用を集中させ、役割分担を行うゾーニングを行う。
【用語解説】 注1)多面的機能:農業地域において農業活動が行われることによって人間社会にもたらされる、食料生産以外の「めぐみ」のこと。災害を減らす機能のほかにも、様々な生物に生息場を提供する機能、農村風景を維持し、我々の心を和ませてくれる機能等が挙げられている。 https://www.maff.go.jp/j/nousin/noukan/nougyo_kinou/#01 注2)Osawa T, Nishida T, Oka T (2020) High tolerance land use against flood disasters: How paddy fields as previously natural wetland inhibit the occurrence of floods. Ecological Indicators 144: 106306.(日本語訳:洪水に対して高い体制を持つ土地利用:元湿地の水田は洪水の発生を抑制する) 注3)既往研究により、累積流量(Flow Accumulation)地形パラメータを利用することで地形的に水を溜めやすい場所が推定できることが明らかになっており、本研究でもこの値を使っている。