日本酒の官能評価では、4-ビニルグアヤコール(4-VG)という成分が燻製様のオフフレーバーとされています。4-VGは、日本酒の醸造中、米に含まれるフェルラ酸を原料にして、酵母のフェルラ酸脱炭酸酵素遺伝子(FDC1=エフディーシーワン)が機能することで作られます。酵母は様々な機能を発揮する遺伝子を2本ずつ対で持っていますが、一般的な清酒酵母ではFDC1遺伝子が2本とも機能欠損しているため、4-VGを生産しません。当社の内蔵酒造場で見出した蔵付き酵母U-01株は、FDC1遺伝子2本のうち1本が機能を維持しているため、日本酒醸造試験において4-VGを生産するものの、味の評価としては優れているという特徴を持っていました。そこで本研究では、香味の優れた日本酒を造ることを目的として、U-01株のFDC1遺伝子を2本とも欠損させることにより4-VGを生産しない株の育種を試みました。手法としては、2本の遺伝子対のうち片方に入っていた有用な形質が両方に入る珍しい現象、LOH(loss of heterozygosity:ヘテロ接合性の消失)が生じた株を高効率に選抜するHELOH法(High-efficiency loss of heterozygosity)を用いました。しかし、FDC1遺伝子にLOHが生じた株を直接選抜する方法は明らかになっていません。そこでFDC1遺伝子の近傍に位置し、LOHの起きた株の選抜方法がわかっているガンマグルタミン酸リン酸化酵素遺伝子(PRO1=プロワン)を標的として選抜を行いました。 酵母がアミノ酸のプロリンと間違って取り込んでしまう抗生物質であるL-アゼチジン-2-カルボン酸(AZC)に耐性を持つ株、つまりPRO1遺伝子にLOHが生じた株を選抜することで、PRO1遺伝子に巻き込まれる形で近傍のFDC1遺伝子にもLOHが起きた株が取得できると考えました。結果、狙い通りFDC1遺伝子が2本とも機能欠損した株(GW-02株)の取得に成功しました。この株で小スケールの日本酒醸造試験を行ったところ、4-VGは生産されず(右図)、出来上がった日本酒は特徴の際立った甘酸っぱい香りや奥行きのある甘味を有していることを確認しました。また、この株を用いて、工場スケールで日本酒を醸造したところ、同様に香味に特徴のある日本酒を醸すことができました。本研究の結果から、蔵付きの酵母など、自然界から分離した非・清酒酵母であっても、オフフレーバーを生産できなくすることで一般的な清酒酵母では出すことの難しい香味を実現できることを実証したものであり、日本酒の多様化に資する成果と言えます。