2024年の財政検証が示すのは「106万円の壁」がなくなった後の最終形態

年金制度の健康診断と言われている財政検証が、5年に1度のペースで実施されています。

2024年は財政検証の年だったので、その結果が同年7月3日に厚生労働省から発表されました。

マスコミは結果の中に記載されている、将来に支給される年金の給付水準を取り上げていますが、個人的に注目しているのはオプション試算です。

このオプション試算とは年金制度を改正したと仮定した時に、どのような影響や効果があるのかを試算したものです。

試算した結果が望ましいものであれば、実際に年金制度の改正が実施されるため、オプション試算を見ると将来の年金制度の姿を、ある程度は予想できます。

今回のオプション試算の中で印象に残ったのは、厚生年金保険に加入する要件を改正した時に、どのくらい加入者が増えるのかを試算したものです。

また印象に残った理由としては、厚生年金保険に加入する要件の廃止(撤廃)や引き下げが想像を超えていたからですが、詳細は次のようになります。

オプション試算を見ると将来の年金制度の姿を、ある程度は予想できます

厚生年金保険に加入する基準は2つに分かれている

法律で厚生年金保険への加入が義務付けられている、次のような強制適用事業所で働く正社員は、上限の70歳まで厚生年金保険に加入する場合が多いのです。

・ 常時1人でも従業員を使用する、法人(株式会社、合同会社など)の事業所

・ 常時5人以上の従業員を使用する、個人の事業所(例外:農林漁業、サービス業など)

一方で正社員よりも労働時間や労働日数が少ない、例えばパートなどの短時間労働者は、次のような (1) と (2) の基準で、厚生年金保険に加入するのかを判断します。

(1) 4分の3基準

かつては主流だった4分の3基準で厚生年金保険に加入するのは、次のような2つの要件の両者を満たした場合です。

・ 1週間の所定労働時間(契約上の労働時間)が、同じ事業所で同様の業務に従事する正社員の4分の3以上である

・ 1か月の所定労働日数(契約上の労働日数)が、同じ事業所で同様の業務に従事する正社員の4分の3以上である

(2) 新基準

2016年10月から開始した新基準は、何度か改正が実施されたため、現在は次のような5つの要件を、すべて満たすと厚生年金保険に加入します。

(A) 従業員数が101人以上の企業に勤務している

(B) 賃金月額が8万8,000円以上である

(C) 1週間の所定労働時間が20時間以上である

(D) 学生ではない

(E) 2か月を超えて雇用される見込みがある

以上のようになりますが、(1) と (2) の大きな違いは (2) には企業規模の要件があっても、 (1) には企業規模の要件がない点です。

また (2) は学生を除外していますが、 (1) は学生を除外していないため、2つの要件を満たせば学生でも厚生年金保険に加入します

改正案1:企業規模の要件を廃止

財政検証のオプション試算には4つの改正案が記載されていますが、1つ目の改正案は新基準の中にある、(A) の企業規模の要件を廃止するというものです。

また常時5人以上の従業員を使用する個人の事業所は、農林漁業などの一部の業種であれば、厚生年金保険の強制適用事業所ではないのですが、この例外を解消するというものです。

両者の改正を実施した場合、厚生年金保険の加入者は約90万人増えると試算されています。

企業規模の要件は新基準が始まった当初は501人以上だったのですが、2022年10月から101人以上に引き下げられました。

また2024年10月から51人以上に引き下げられるので、この次の改正で企業規模の要件が廃止になるというのは、かなり現実的な話ではないかと思います。

改正案2:106万円の壁の撤廃

厚生年金保険に加入する賃金水準を定めた新基準の (B) は、106万円の壁と呼ばれる場合があります

その理由としては (B) の賃金月額の8万8,000円を、年収に換算すると約106万円(8万8,000円×12月)になるからです。

106万円の壁は配偶者控除を受けるための103万円の壁と同じように、多くの方が意識していると思います

しかし2つ目の改正案では (B) を撤廃した場合、または最低賃金(労働者に支払わなければならない賃金の最低額)の引き上げで、同等の効果が得られる場合の影響を試算しています。

1つ目の改正案と合わせて、この2つ目の改正案も実施すると、厚生年金保険の加入者は約200万人増えると試算されています。

急激な物価上昇を受け、2023年10月からの都道府県別の最低賃金は大幅に引き上げされ、全国の加重平均額は1,004円(時給)になったので、初めて1,000円を超えました。

将来的に (B) が撤廃されて106万円の壁がなくなるのかは、こういった大幅な引き上げが2024年10月以降も続くのかで、結果が変わってくるようです。

改正案3:従業員数が5人未満の個人の事業所への適用

法人の事業所であれば、例えば社長ひとりだけで運営している会社でも、厚生年金保険に加入しなければなりません。

一方で個人の事業所は、常時5人以上の従業員を使用する事業所に限られるため、規模が小さければ厚生年金保険に加入する必要はないのです。

ただ3つ目の改正案では、常時5人未満の従業員を使用する個人の事業所も、厚生年金保険の強制適用事業所に含めるのです。

また1~2の改正案に加えて、この3つ目の改正案も実施すると、厚生年金保険の加入者は約270万人増えると試算されています。

改正案4:1週間の所定労働時間の引き下げ

雇用保険に加入するのは1週間の所定労働時間が20時間以上の方になりますが、改正によって2028年10月からは、10時間以上に引き下げられる予定です。

こういった改正の影響だと思うのですが、4つ目の改正案には新基準の(C)の1週間の所定労働時間を、20時間以上から10時間以上に引き下げると記載されています。

また1週間の所定労働時間が10時間以上の雇用されている方を、すべて厚生年金保険に加入させた場合、この加入者は約860万人増えると試算されています。

つまり1週間の所定労働時間だけで、厚生年金保険に加入するのを判断するため、106万円の壁などの賃金要件はないのです。

そのうえ1~3の改正案は学生を除外していますが、4つ目の改正案は学生を除外しないため、厚生年金保険に加入する基準の最終形態といっても過言ではないのです。

想像よりも思い切った内容だったので、かなり驚いたのですが、年金の給付水準や年金財政が改善すると試算されたので、いずれは実現する可能性があります。

ただ国民から大きな反発を招くため、1つ目の改正案を2025年に可決させた後は、すぐに2つ目以降に着手しないで、最低賃金のデータが揃うのを待つと推測するのです。

またオプション試算は2027年10月に、更なる適用拡大を実施したという仮定で試算されているため、この辺りが1つ目の改正案の開始時期かもしれません。

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情報提供元: マネーの達人
記事名:「 2024年の財政検証が示すのは「106万円の壁」がなくなった後の最終形態