【中国問題グローバル研究所】は、中国の国際関係や経済などの現状、今後の動向について研究するグローバルシンクタンク。中国研究の第一人者である筑波大学名誉教授の遠藤 誉所長を中心として、トランプ政権の ”Committee on the Present Danger: China” の創設メンバーであるアーサー・ウォルドロン教授、北京郵電大学の孫 啓明教授、アナリストのフレイザー・ハウイー氏などが研究員として在籍している。関係各国から研究員を募り、中国問題を調査分析してひとつのプラットフォームを形成。考察をオンライン上のホームページ「中国問題グローバル研究所」(※1)にて配信している。

◇以下、中国問題グローバル研究所のホームページでも配信している遠藤 誉所長の考察を2回に渡ってお届けする。

李克強が2020年5月に「月収1000元の人民が6億人いる」と言ったのは、ゼロ歳児や高齢者など無就業者を含めた1人当たりの収入で、就業者の平均ではない。日本では未だに勘違いが多いので、再び注意を喚起したい。

◆NHKも勘違いか
11月8日、NHKはウェブサイトで<「共同富裕」って何なの?習近平政権のねらいは?>(※2)という記事を発信している。記事では以下のように書いている。

——李克強首相も去年5月「毎月の収入が1000人民元程度(日本円で1万7000円程度)の人がまだ6億人いる」と述べるなど、中国政府も収入が低い人が依然として多い実態を認めています。

これは2020年9月1日のコラム<「習近平vs.李克強の権力闘争」という夢物語_その1>(※3)の後半にも書いたように、2020年5月28日に全人代閉幕後の記者会見で李克強首相が言った言葉だが、「働いている人の月収が1000元程度」と言っているのではなく、働いている人の世帯人口で割り算した一人当たりの収入を指している。

李克強が言った6億人の中には赤ちゃんもいれば未就職の青少年、あるいは年金生活を送っている高齢者もいる。病人も失業者も入っている。高齢者の中には動けなくなって養老施設に入っているご老人もいるだろう。

その上で人数で割って平均した値が1000元なのである。

◆6億人とは
李克強が言った「6億人」というのは、国家統計局が2014年から指している低収入層および中間層底辺、すなわち中低収入層の人口群である。これは国家全体で認識されている分類で、2014年のスピーチでも李克強は同じことを言っている(※4)。中低収入層の多くは農民層で、このことは中国共産党機関紙「人民日報」にも書いてあり、習近平も認識している事実だ。

また冒頭にある2020年5月28日の全人代閉幕後の記者会見における李克強の発言は、「コロナで困っている人に対する政府の対応」に関する質問を受けての回答だったので、「困っている人がこんなにいるのだから、大富豪たちは理解を示して、莫大な財産を困っている人たちに分け与えなければならない」という、共同富裕の一形態に向けての布石も含まれていただろう。

習近平は政権発足と同時に「貧困層を無くすこと」と「共同富裕」を目指してきたのだから、党内でその認識は共有されている(参照:拙著『習近平父を破滅させたトウ小平への復讐』p.338,339など)。

しかし、十分には中国の事情を知らない(中国から見た)海外の「専門家」やメディアが、李克強の発言を曲解しているのを知り、新華網(※5)や国家統計局(※6)が説明を加えている。

それくらい誤解を招く表現を李克強がしたのは確かだろう。

NHKが誤解するのも無理からぬことだ。

しかし、日本に限らず他国でも誤解をしていた人がいたため、その後の中国政府側の「誤解を解くための努力」はかなり成されていたし、筆者も何度か本やコラムで書いてきたので、多少は誤解が解けたものと思っていた。だというのに、今年の11月8日の時点になってもなお、まだこの誤解に基づいた分析をNHKが公開しているのを知ったので、これはそろそろ名指しで指摘しないとまずかろうと思い、書いている次第である。民放は一般に「あのNHKが言っているのだから正しいだろう」という理解で、間違った事実や視点を拡散していく傾向にあるからだ。

◆中国の就労人口構成
そのため、もう少し中国の労働人口に関して説明を加えたい。

中国では女性は55歳が定年で、男性は60歳だ。女性の場合は主として幹部は55歳だが、女性工人と言って、一般の工場労働者などでは50歳定年の場合さえある。

最近では、医療の充実や生活レベルの向上により寿命が延びており、この定年年齢を引き上げるべきだという議論が巻き起こり、いま改善を試みている。実際、再雇用が図られている職場もある。

ただ、建国以来の慣習が身に付き、まだ元気いっぱいの定年男女が元気を持て余して、公園などでダンスを踊ったり気功を訓練したりしている姿はお馴染みの風景である。これら男女は年金生活なので、一人当たりの「平均月収」の値を引き下げている。

こういった社会背景を考えると、14億人もいる中国の全人口の内、就業しているのはわずか約7.7億人で(2020年6月発表の2019年の人力資源と社会保障部発表のデータ(※7))、残りの約6.3億人が無就業者だというのは注目に値する。

繰り返すが、ゼロ歳から就職年齢に達するまでの「子供」や博士課程を含めた大学生、軍人、定年退職者・・・などは無就業者の中に含まれている。

特に農民の多くは農地を持っているので、自給自足も可能だし、さらには実は農家は家族構成として一世帯当たりの人口が多い。赤ちゃんから祖父母などなど加えて数名はいる家庭はざらだ。この家庭の人口分で一家の収入を割り算するので、いっそう「一人当たりの月平均収入」は少なくなっていくのである。

一人っ子政策の時でも、農家や少数民族地域では特例措置もあって子供数が増えている場合が多く、貧困なほど家族数が多いという皮肉なデータさえある。

なぜなら貧困家庭は子供に高学歴をそれほど強くは求めない傾向にあり、都会では何としても一人の子供に全ての財産を注いで高学歴をと渇望している家庭が多いので、都会では家族数は少ない傾向にある。それは不動産価格高騰の最大の原因にさえなっている(参照:9月22日コラム<中国恒大・債務危機の着地点——背景には優良小学入学にさえ不動産証明要求などの社会問題>(※8))。結婚しない男女も都会の方が多い。その分だけ「一人当たりの平均月収」を押し上げる。


中国「月収1000元が6億人」の誤解釈——NHKも勘違いか(2)【中国問題グローバル研究所】に続く。

写真: ロイター/アフロ

(※1)https://grici.or.jp/
(※2)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211108/k10013333991000.html??utm_int=news-new_contents_latest_001
(※3)https://news.yahoo.co.jp/byline/endohomare/20200901-00196149
(※4)http://www.gov.cn/guowuyuan/2014-05/09/content_2675605.htm
(※5)http://www.xinhuanet.com/politics/2020-06/22/c_1126144559.htm
(※6)http://politics.people.com.cn/n1/2020/0615/c1001-31747507.html
(※7)http://www.gov.cn/xinwen/2020-06/05/content_5517353.htm
(※8)https://grici.or.jp/2606


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情報提供元: FISCO
記事名:「 中国「月収1000元が6億人」の誤解釈——NHKも勘違いか(1)【中国問題グローバル研究所】