高校3年生で部活を引退した後暇になり、アルバイトをしようと思い立った。初めてのアルバイトということもあり、アルバイトアプリの条件検索欄が条件でいっぱいだったが、初めから疎外感を感じたくない小心者の私はオープニングスタッフということは絶対外せなかった。そんな私の厳しい条件を全てクリアするケーキ屋さんの募集をみつけたときは奇跡だと思い、即面接予約をした。

無事合格して初めての集まりに行くと、見事に女性だけだった。はじめはぎくしゃくしていたが、だんだんと仲も深まり、アルバイトも楽しくなっていったが、1つだけ問題があった。店長だ。40代半ばの女性だったのだが、なんというか、“女”だった。アルバイトは10代の学生ばかりだったが、誰よりも若い女だった。閉店後の片付けの時に強制的に始まる恋バナ。そしてとなりの焼鳥屋の店長に話しかけるときの甘えた声。女に厳しく、男に優しく。典型的な“女がきらいな女”だった。もちろん私もきらいだった。結局、店長に嫌気がさし2人ほどやめ、出遅れたら辞めづらくなると思い私もすぐに辞めた。働き始めて1年ほどたった時だった。

2019年2月に発売された『人生は並盛で』はタイトル通り、牛丼屋から始まる物語だ。牛丼屋と言えば、常にお店にアルバイト募集のポスターが貼られているイメージだ。この話も、牛丼屋でパートやアルバイトをしている人たちの物語を中心に描かれている。
第一話では、牛丼屋でパートとして働いている主婦の話が書かれているのだが、その主婦の癖が強い。私が働いていたケーキ屋の店長なんてかわいいものだ。旦那がいるのにも関わらず、アルバイトの若い男との不倫を楽しんでいる。しかも、周りの人を見下して自分がヒエラルキーの頂点に立っているつもりでいる。

ここまで読むと「あれ?」と思う。私は、明るくてかわいらしい表紙をみて、もっとほっこり幸せいっぱいな物語だとおもっていたのだが、人間関係の良くない部分が多く描かれていて表紙とのギャップがすごい。第三話までで構成されているのだが、一話を読み終えた時点で既に不安になる。「あれ…?なんか面白いけどだいぶ思っていたのと違うぞ…?」と。
ほっこり幸せを期待しているとガツン、とくる。まるで牛丼のようだ。ほっかほかの牛丼も食べたらガツン、とくる。それが良い。第二話では、人と人の想いや行動が交差して、まるで牛丼にかかるキラキラした卵のように混ざり合う。この時点で初めの不安はおいしさの要素の内のひとつとなっている。第三話は、まるでお味噌汁のようだ。すべてを優しく包み込んでくれる。

こんな話を書いていたらお腹がすいてきた。今日の夜ごはんはひとり牛丼屋で決定だ。

そういえば、私がケーキ屋を辞めてしばらくたった後、仲良くしていたパートの人から連絡があった。
私が辞めた後、店長は焼鳥屋の店長と付き合い始めたらしい。だが、次々とアルバイトが辞めていき、結局店長も移動になったようだ。従業員が足りなくなった責任をとって異動になったのかどうかはわからないが、あの焼鳥屋の店長とはどうなったのだろうか。

…やっぱり今日は焼鳥にしようかな。

(実業之日本社 編集本部 鎌倉 楓)
『人生は並盛で』 小野寺史宜 著 667円+税 実業之日本社




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情報提供元: FISCO
記事名:「 吉野家の牛丼に小盛ができたらしい【Book】