a) 比較的少ない細胞量の移植で可能 再生医療で細胞移植治療を行う場合、移植に必要な細胞の個数は数千万個以上程度だが、脊髄損傷では200万個程度と少ない細胞量で治療が可能なため、コストを抑えられるうえ、品質も安定させやすい。また、腫瘍化リスクも極めて低くなるというメリットがある。
b) 効果の発揮 iPS細胞による神経回路回復のメカニズムとして、(1) 既存の神経に対して栄養因子を分泌することで保護作用が働き、(2) 神経細胞が神経線維に分化し新たな神経回路を作る、(3) 神経細胞がオリゴデンドロサイトに分化し新たな髄鞘を形成して軸索を覆う等の効果が期待できる。
c) Notchシグナルの阻害剤を使用 慶應技術大学との独占的ライセンス契約により、腫瘍化リスクの回避や神経の軸索伸長を促進させる効果が期待できるNotchシグナル※阻害剤を使用している。
※ 進化上保存された発生過程や幹細胞における細胞運命決定を調節する経路。
サル科のマーモセットを用いた脊髄損傷モデルの前臨床研究では、損傷部位に移植した「KP8011」が着実に生着し、運動機能の回復が行動面で確認された。この結果を受けて、慶應義塾大学では2020年12月から4例の臨床研究(移植後1年間の観察期間を設定)を実施し、2024年11月に最終被験者の組み入れが完了、2025年3月21日付で臨床研究成果を発表した。具体的には、4症例すべてで安全性が確認され有効性についても、2例で運動機能の改善が認められた。iPS細胞治療で運動機能の改善が確認されたのは、同社によれば世界でも初のケースとなる。脊髄損傷の重症度を評価する判断基準としているASIA Impairment Scale(以下、AIS)※1では、1症例でベースラインのAからCに改善(自ら食事を摂取)、別の1症例でAからDに改善(歩行練習開始)が認められたとしている。総合せき損センターのデータベースを解析した数値では、AISでAからC以上に改善した割合は10~12%と低く、症例数が少ないとはいえ今回の臨床研究で50%の改善効果が確認された点は大きな成果と言える。また、国際的に脊髄損傷後の運動機能評価に用いられる評価法であるISNCSCI motor score※2でもベースラインから13点の改善(中央値)が認められたとしており、過去データベースの中央値(4~7点程度)を大きく上回った。