◆先月、内閣府は「令和4年版 男女共同参画白書」を発表した。特集のテーマは「家族の姿の変化・人生の多様化」。白書は、家族の姿が変化しているにもかかわらず、慣行、意識、さまざまな政策や制度などが依然として戦後の高度成長期、昭和時代のままとなっていると指摘したうえで、変化・多様化に対応した制度設計や政策が求められていると主張する。総括したメッセージは、「もはや昭和ではない」。多くのメディアに取り上げられて、ちょっとしたバズワードにもなった。

◆ところが当の政府のお偉いさんが、「まるで昭和」的な発言をするのである。電力需給ひっ迫による節電の呼びかけで、萩生田経産相は「家族が別々の部屋でエアコンを使うのではなく、テレビなどひとつの部屋に集まって見てもらう試みで乗り越えていける」と語った。ちゃぶ台が置かれたお茶の間でテレビを前に一家団欒。まさに昭和の世界だ。だが今どきそんな家庭はないだろう。

◆我が家を例にとると、僕がリビングでこの原稿をPCで書いている間、高校生の娘はスマホでYouTubeを、妻はタブレットでNetflixの海外ドラマをそれぞれ自室で視ている。白書が言うところの、「家族の姿の変化・人生の多様化」だ。

◆萩生田大臣と僕の生年月日は3日違い。ふたりとも年齢でいえば立派な「昭和のおじさん」世代ど真ん中だが、「昭和のおじさん」は昨今あちこちで問題になっている。レオス・キャピタルワークスの藤野英人さんは、「令和4年」ではなく「昭和97年」を生きているような「昭和のおじさん」がはびこっていると言う。

◆河合薫『コロナショックと昭和のおじさん社会』(日経プレミアシリーズ)は雇用や家族、人口構成のカタチが変わったにもかかわらず、昭和モデルをもとに動き続ける日本社会の問題点を活写した本だ。題名から分かる通り、主眼は個人としての「おじさん」ではなく、日本の社会全体が「昭和のおじさん」化している点にある。

◆さあ、どうすればよいだろう。人は主体的に変わることは難しい。何年も‐昭和が97年間も続いているかのように‐おじさんをやってきた人が、そしてその集合体である日本社会が、自らの意識で急に変わるのは難しい。しかし外圧は社会を変え得る。今起きているインフレが、もしかしたら日本のおじさん社会を変えてくれるかもしれない。

◆デフレ時代は消費でも投資でも先送りしたほうが安く手に入るので現状維持バイアスが働きやすい。デフレ環境は「昭和のおじさん」を生き残らせてきた温室なのだ。ところがこれからインフレの時代となると先送りでは対応できない。簡単な話、デフレは将来がcheapになるから動かないほうが得、インフレは将来がexpensiveになるので素早い意思決定と行動が必要となる。昭和モデルで「逃げ切り」はできないということだ。 世の中全般がそういう状況になれば自然と「昭和のおじさん」は駆逐されていくのではないか。これも日本にとってインフレがもたらすポジティブな一面であろう。


マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆
(出所:7/4配信のマネックス証券「メールマガジン新潮流」より抜粋)


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情報提供元: FISCO
記事名:「 コラム【新潮流2.0】:もはや昭和ではない(マネックス証券チーフ・ストラテジスト広木隆)