個人型ベンチャーキャピタルの日本の先駆者である村口和孝さんは、20年以上にわたりスタートアップの世界で試行錯誤を重ね、奮闘してきました。その経験からいま、村口さんが取り組んでいるのが「未法(みほう)」領域の問題。この「未法」という言葉は、村口さんがスタートアップの世界に横たわる問題を可視化するために作ったものです。

「現在のさまざまな業法は、過去に新しい事業にチャレンジした人たちによってその課題や問題が世の中で認識されることによって、産業界が発展するように整備が進んできました。法律の整備により新時代がより活動しやすいものとなり、人間社会がよりよくなっていくというのが本来あるべき正常なプロセスでしょう。しかし、いったん業法ができあがるとその法律に基づいていわゆる『縦割り』の行政が行われ、いずれ伝統化して既得権益化します。その結果、さらに次の時代が来て現在の業種の概念を超えた新たな業態が立ち上がるとき、古い業法が障壁となるケースが日本ではあとを絶ちません」(村口さん)

村口さんがいう「まだ世の中に法律がないフロンティア=未法領域」での事業に挑戦するスタートアップにとって、「古い産業のために整備された法律=既法(きほう)」の枠組みに縛られて事業活動に制約がかかることは重い足かせになり、社会にとって重いコストになります。そしてそれは、世の中全体が新しい時代に対して最適化できない、世界と同じスピードでフロンティアの事業を始められないことを意味します。これまで日本のスタートアップがなかなか勢いを持てなかった理由の1つは、まさにここにあるのでしょう。「未法」という言葉には、行政が「既法」を持ち出してきたときに「それは未法領域です」と指摘することで、当局に「これは新しい産業であり、既法ではなくて、新たな法律ができるべき領域だ」ということを認識させる効果が期待できます。

「たとえば仮想通貨は未法領域の1つといえるでしょう。仮想通貨業界は2017年ごろに資産が盗難されるなど問題が噴出して一度ズタズタになり世間の評判を落としましたが、ブロックチェーン技術がイノベーティブで新時代到来のカギであることは間違いありません。私はこれでは世界に置いて行かれると、じっとしていられず、2019年末ごろからブロックチェーン技術関連のいわゆるWEB3.0企業に投資をし始めました。このうちスタートアップで応援してきたJPYCという会社は2021年秋、設立2年で5億円の資金調達を実施し、現在は時価総額およそ30億円の企業に成長しています。長いベンチャーキャピタリスト人生を振り返ると、大きく成功したスタートアップの投資先は、多かれ少なかれ未法領域で既法の矛盾に直面し、困難を克服して、未来の新しい時代を切り拓いています。今後とも、こういった『未法』の新領域の発展に挑戦していきたいと思っています」(村口さん)

【日本のペイパル・マフィアに聞く6つの質問】

1.日本にも、米国のようにベンチャーのエコシステムが発展していくと思いますか?

はい。スタートアップにとって重要なのは、パートナーシップの多様性と豊かさにあるというのが私の考えです。パートナーシップの出発点は個人をベースとした家族や部族の群れであり、発展途上国であれ新興国であれ先進国であれ、その多様性と豊かさがあればスタートアップのエコシステムはおのずと発展していく性質のものです。日本人はスタートアップに向かないという人がいますが、日本だから向くとか向かないとかはありえません。あえていうなら日本は歴史的にむしろスタートアップに向いているので、注意すればこれから大発展すると思います。

2.日本のベンチャー市場の発展にエンジェルが果たしていくべき役割をどう見ていますか?

まさに「パートナーシップ」による過去の多様な先人の経験や資産ストックの再活用です。AさんがXを、BさんがYをという風に多様な組み合わせで、資力のある人が、新たな価値創造に挑戦する人のパートナーになり、出資したり経営のアドバイスをしたりしていく。本来、パートナーシップには多様性があるものですから、組み合わせややり方は一様でなく、いろいろあります。例えばB2BとB2Cのスタートアップの商品を仕上げる仕事のやり方や事業の立ち上げ方は、全く異なり同じ成功経験が通用しません。私もスタートアップに経験のある様々な仲間などを集め、その中で新たなパートナーシップが、それぞれ事業が成功する形で生まれるようサポートしています。エンジェルの多様性が重要なのです。

3.今後、米国のペイパル・マフィアのような、起業家とエンジェルを横断する勢力は形成されるでしょうか?

日本ではここ30年ほどで「まともな組織基盤=株式会社」という印象が作られてしまったように思います。「マフィア」のようなパートナーシップに対して怪しいというイメージを持つ人が少なくありません。しかし家族であれ部族であれ人類の基盤はそもそもパートナーシップであり、その進化系として規模を拡大したものが株式会社なのです。ペイパル・マフィアのような勢力を形成するには、日本にパートナーシップの重要性についての教育を復活させ、パートナーシップの健全な発展という正しい考え方を日本人みんなで、肯定的に共有できることが必要でしょう。

4.ベンチマーク、もしくはウォッチしている人や組織、団体を複数教えて下さい。

シリコンバレーでインキュベーションや新しいベンチャーキャピタルができたといった話はウォッチして参考にしています。また、クライナー・パーキンス・コーフィールド・アンド・バイヤーズやセコイア・キャピタル、アンドレセン・ホロウィッツ、ワイコンビネーター、法律の世界ではウィルソン・ソンシーニ・グッドリッチ&ロサーティなどの動きもチェックしています。まさにスタートアップを生み出すパートナーシップの活動です。

5.あらためて伺います。エンジェルやベンチャー投資の魅力は?

未来に向かって新しく未知のパートナーシップがまさに生み出されようとする瞬間。それが時間とともに成果を上げ、その結果として全く新しいスタートアップによってサービスや商品が人類の生活を幸せにする。そのような、まるで絵本のようにわかりやすい多様なスタートアップの歴史的発展や、多様な才能によるパートナーシップの誕生に携われることが大きな魅力です。

6.今後の抱負を教えて下さい。

かつては「年齢を重ねるとベンチャーキャピタルはできなくなる」という仮説を持っていましたが、どうもそうではないようです。やればやるほど、そして時が経てば経つほど、不思議なことにほかのベンチャーキャピタルが気づかない領域を次から次へと発見しています。そして、そういった新しい領域の可能性については私が説得しないとなかなか話が通じず、結局、自分でやる羽目になるという現象が続いています。ですから、これからも私なりの経験と感性で、新しい未来社会の実現に向けて新しいスタートアップ経済を実現するパートナーシップの誕生を、どんどんプロデュースしてリリースし続けたいです。シリコンバレーでは「ベンチャーキャピタリストは死ぬまでやる仕事」と言われますが、投資というのはそういうものなのかもしれません。

【村口和孝さんプロフィール】
日本テクノロジーベンチャーパートナーズ ジェネラルパートナー、慶應義塾大学大学院経営管理研究科講師

1958年、徳島県生まれ。84年に慶応義塾大学経済学部を卒業後、野村証券傘下のベンチャーキャピタル会社である日本合同ファイナンス(現ジャフコ)に入社。14年勤務した後、98年に独立し、日本初の個人型ベンチャーキャピタルである投資事業有限責任投資事業組合「日本テクノロジーベンチャーパートナーズ(NTVP)」を設立。ディー・エヌ・エー、インフォテリア(現アステリア)、ウォーターダイレクト(現プレミアムウォーターホールディングス)、イメージワン、IPS、ブシロード、JPYCなど多数の企業を支援し、個人投資家ベースの独立系ベンチャーキャピタリストとして日本で類を見ない実績を収めている。ボランティアで「青少年起業体験プログラム」を各大学や高校で実施。2007年から慶應ビジネススクール講師。「ふるさと納税」の提案者としても知られる。

レオス・キャピタルワークス株式会社

代表取締役 会長兼社長 最高投資責任者(CIO)

藤野 英人(ふじの・ひでと)

国内・外資大手資産運用会社でファンドマネージャーを歴任後、2003年レオス・キャピタルワークス創業。「ひふみ」シリーズ最高投資責任者(CIO)。投資啓発活動にも注力し、JPXアカデミーフェロー、東京理科大学上席特任教授、早稲田大学政治経済学部非常勤講師、叡啓大学客員教授を務める。一般社団法人投資信託協会理事。近著に『投資家みたいに生きろ』(ダイヤモンド社)、『14歳の自分に伝えたい「お金の話」』(マガジンハウス)。

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情報提供元: FISCO
記事名:「 連載コラム:日本のペイパル・マフィア(第5回)村口和孝さん後編【実業之日本フォーラム】