令和3年度防衛白書が、2021年7月13日の閣議で報告、了承され、即日公表された。中国海空軍が台湾周辺で威圧的な行動を繰り返していることに触れ、「台湾をめぐる情勢の安定は、わが国の安全保障はもとより、国際社会の安定にとっても重要であり、わが国としても一層緊張感を持って注視していく必要がある」と表現されている。台湾を巡る情勢と日本の安全保障を直接結び付けたのは初めてであり、各種報道でも注目を集めた。この表現は、2021年4月に日米首脳会談の共同宣言において「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸関係の平和的解決を促す」としたものよりも、はるかに踏み込んだものである。

中国の反応は極めて速く、同日に中国外務省趙立堅報道官は「これは極めて間違った無責任なことだ。中国は強烈な不満を表し、断固として反対する」とのコメントを述べている。「強烈な不満と断固たる反対」は4月の日米首脳会談共同宣言に対するコメントと同じである。さらには、7月5日に麻生太郎副総理が講演で「中国が台湾に侵攻すれば、安全保障関連法に規定する、存立危機事態に当たる可能性がある」との認識を示した際も、中国外務省の趙報道官は全く同じ表現を使用している。「存立危機事態」は「密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」と定義されており、集団的自衛権行使の可能性が生じる事態である。中国が台湾に軍事侵攻すれば、日本は米国とともに、台湾を守るために集団的自衛権を行使する可能性があると日本政府高官が、述べたに等しい。日米首脳会談の共同宣言の内容と大きな差があるにもかかわらず、中国外務省報道官が同じ表現を使用したのは、台湾問題に関しては、この表現を使うこととされているのではないかと推察される。

アメリカは、1979年1月の米中国交樹立に伴い制定された「台湾関係法(TRA : Taiwan Relation Acts)」に、「平和手段以外によって台湾の将来を決定しようとする、いかなる試みも、西太平洋地域の平和と安全に対する脅威であり、米国の重大な関心事項である」という認識を明記している。しかしながら、台湾有事の際に米国が台湾を軍事的に支援することは、台湾関係法には明記されていない。あくまでも台湾防衛は台湾国軍の責務であり、防衛目的の装備の調達を支援するという位置づけである。このため、過去台湾から要望のあったイージス艦やF-16C/Dといった最新装備に関しては、中国が防衛目的を超えると反発する可能性があることから、供与をためらってきた経緯がある。

しかしながら、トランプ政権以降、アメリカでは台湾との関係強化の必要性が強調されつつある。2018年3月には「台湾旅行法」が制定され、従来控えられていた米政府高官の台湾訪問を解禁した。2020年8月には当時のアザー厚生長官が、2021年4月にはアーミテージ元国務長官を含む米政府高官が台湾を訪問している。2019年6月に公表された米国防省の「インド太平洋戦略」では、台湾を地域のパートナーシップを強化する4つの民主主義国家の一つに取り上げている。

7月6日、アメリカシンクタンクのイベントに参加したカート・キャンベル安全保障会議インド太平洋調整官は、中国に対し、「我々は台湾海峡における抑止力について明確なメッセージを送ろうとしている」としつつも、「台湾の独立は支持しない」と言いきった。インパクトが強かったため、言葉が独り歩きし、キャンベル調整官の発言は、アメリカの台湾防衛コミットメントの低下ではないかとの危惧を抱かせるものであった。2021年1月に中国国防省の呉謙報道官は、「台湾独立を目指す勢力に、本気で告げる。火遊びをする者は火傷を負う。台湾独立は戦争を意味する」と述べている。キャンベル調整官の発言は、台湾独立を阻止するためには軍事力の使用をためらわない中国の立場に一定の配慮を示したものであろう。

しかしながら、「台湾の独立不支持」は、「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調し、平和的解決を促すこと」とは矛盾するものではない。一方、中国が台湾の民意に反して軍事力を使用し中台統一を図る挙に出た場合、米国が台湾海峡の平和と安定のために軍事的手段を講じることも否定されていない。アメリカは、この部分をあいまいにすることで、中国の台湾への軍事侵攻を抑止していた。台湾自身の防衛力と台湾周辺における米軍の軍事力が、中国人民解放軍を上回っている場合、この抑止は効果的に作用する。しかしながら、中国が軍事力を拡大し、米国が関与してくる前に台湾への軍事侵攻が可能と判断した場合、抑止効果は限定的なものとなる。台湾海峡の平和と安定のためには、アメリカの政策転換、すなわち中国が台湾に軍事力による現状変更を試みる場合、アメリカは軍事的に対抗することを明確にしなければならない時期に来ている。そして、その際には日本も、米軍の後方支援のみが許される「重要影響事態」ではなく、「存立危機事態」として、米国と共同した対処をとるということを明確にし、国際的圧力を高めるよう努力すべきであろう。

外務省ホームページによれば、2018年10月現在、台湾における在留邦人数は24,280人である。在留邦人の安全確保は一義的に在留国の責務であるが、台湾有事にはその余裕はないものと考えられる。在台湾邦人の保護は日米共同作戦における日本の主要作戦となる可能性が高く、日米間の緊密な協力が必要である。台湾有事は、日本の領土である南西諸島を巻き込むというだけではなく、国家として重要な国民の生命を守る事態であることを忘れてはならない。台湾有事を真剣に考えなければならない時期に来ているといえよう。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、
防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。

写真:アフロ


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情報提供元: FISCO
記事名:「 新たな局面を迎える台湾情勢−令和3年度防衛白書から−【実業之日本フォーラム】